章外:紡ぐ絆の再演曲

それからー1:山賊の男気

「ねえ親方。アビたんに、随分親切だったねえ」

「そんなことはねえ。俺は誰にでもそうだ」


 気持ちよく飲んでいる最中、なぜだかしばらく一緒に居るキトルに聞かれた。その答えに偽りはない。俺は義理堅い。


「親方は、俺たちには結構な厳しさだと思いますよ?」

「いやあ、これでも軍人時代よりはましだってんだろ? そのころに会わなくて良かったぜ――なあサテ」

「そうだなルス」


 忠実な手下のはずの奴らに裏切られた。いつものことだが。

 疑いと責める視線が、手下の人数に一つ足しただけ突き刺さる。痛くも痒くもないが、面倒臭い。


「あん? じゃあ試しに、俺の厳しさってのを味わってもらおうか。すぐに大したことがねえって分かるだろうよ」

「さあみんな、どんどん飲もう!」

「セルクムの言う通りだ! 細かいことを気にしてても仕方ねえぜ。なあサテ!」

「そうだなルス」


 ほんの少し視線をくれただけで、きちんと分かってくれる。やはり俺の手下たちは、物分かりがいい。

 しかし若いキトルのお嬢さんには、通じないらしい。


「どおしてかなあ?」

「……隠したいわけじゃねえが、てめえの口で話すにはこっ恥ずかしい話だ」

「ううん――じゃあ、おいらにだけ話すならいいかなあ? 誰にも言わないし」

「お前さんは言っても聞かなそうだしな──だが、こいつらが居る」


 そう言って躱したはずだったが、それほど経たないうちに手下たちは全員が眠ってしまった。

 何をした。いつの間に──。


 まあ大方このお嬢さんの見てくれに目が眩んで、薬でも盛られたんだろう。自業自得だ。


「これでいいかなあ?」

「見た目に依らず、怖い娘だな。今更だが」


 へへえ、と娘は照れる。褒めてねえ。


「まあいいさ。一言で言っちまえば、罪滅ぼしって奴だ」

「罪滅ぼし? アビたんに何かしたのお? お姫さまを攫った時のこと?」

「それは確かにしたが、あれは一人で乗り込んでくるあいつが馬鹿なんだ。気にしちゃいない」


 忘れようとか思い出さないようにしようとか、そんな風には考えていなかった。しかしそれが逆に、自然と意識しないことに繋がったらしい。

 手下のこいつらとの生活が、思いの外に楽しかったせいも大きいだろうが。


「最初は何だったか──そうだ、俺が軍を追われるひと月前だ」

「それいつ?」

「今からだと、一年半くらい前かね」

「意外と最近だねえ」


 話を聞く気があるんだかないんだか。このお嬢さんは、言うことにもやることにも寄り道が多い。


「そうだな。こいつらと一緒に居るのも、一年足らずってことだ」

「それで? 細かいことはいいから、ちゃっちゃと言いなよお」

「……ああ、悪かった」


 さて、久しぶりに頭を使ってみるとしようか。


「俺が居たのは、北の要塞。ノーランだ。百人隊長で、直属の上司はマルアストと言った。

 妙な人事が続いていた。長らく要塞に居たのに辺境伯の直衛部隊に回ったり、その反対とかな。


 ある日、普段は口を利く機会もほとんどない、違う隊の上官に呼ばれた。俺一人で。珍しいこともあるとは思ったが、行かない理由はない。

 そこで言われたのは、密命という話だった。

 俺やその上官にそれぞれでなく、辺境伯の軍勢全てに向けられているとな。


 前例? 俺もそういうことには疎いが、ないと思うぜ。考えてみろよ、内緒だから密命なんだ。何万もの兵が知っていたら、その時点で破綻することになる。


 いや、信憑性はあったんだ。だから信用を置ける人間に、順番で話していっているってな。

 特にマルアストにはまだ話していない、ってところが信用出来た。


 ああ、そうだ。伯爵家の五男でな、辺境伯家で叙勲された。すぐ帰るはずだったものを、何か勘違いした奴らがちやほやしたらしい。そのまま二十年ほども居座っていた。

 腕はぎりぎり。厄介ごとを人に押し付けるのは一流って男だ。


 マルアストの前に千人隊長だったのも、また別の伯爵家の次男だった。こっちは腕もかなりあって、与えられた任務はどうあってもやり通す。人の話を信じやすいのが唯一の欠点だった。


 この隊長は少し前に事故で死んでいた。どうもマルアストの家とは因縁があったらしくて、奴を百人隊長に任命したのもその男だ。

 これが死んだとなると、さすがにそれ以上は出世しないだろうと周りは考えていた。

 しかし後釜に座ったのは、マルアストだ。誰もが耳と目を疑ったが、事実は変わらなかった。


 密命の話に戻るが、そんなことまで親に相談されては堪らないってな。それは冗談で言ったんだろうが、判断は正しいと俺も思った。

 奴のことだ、王から受けた密命を明かされた自分を褒めろ。みたいなことを、言い触らしかねない。


 ああ、そうだった。密命の詳しい内容は、聞かされなかったんだ。

 ある貴族が、反乱の準備をしている。これを王都からどうこうしようとしても、察知されてしまう。

 だから警戒されていない辺境伯家が対抗するんだってな。


 信じたのかって聞かれると、難しいところだな。

 どんな作戦だって、要塞の指揮官とかになりゃあ詳細も聞かされる。だが俺たちくらいじゃ、言われたことをやるだけだ。

 でかい作戦の中のひとつひとつなんてどれも、何のためにやるんだ? ってことばかりなんだよ。

 だからそんな大枠を言われても、判断基準が何もねえんだ。


 結局、俺が信じようが信じまいが関係ないんだがな。辺境伯家の全てでかかるってんだから、言われたことをやるのは変わらねえんだよ。

 要は信用度が高けりゃ直衛に行くし、低けりゃ要塞に居残りだ。


 嫌なら軍を辞めるしかない。何とも答えかねたまま、ひと月ほどが過ぎていった。


『密命に背こうとしているそうだな』


 そう言ったのは、マルアストだ。

 すぐ向こうに俺の部下が居るってのに、奴は声を潜めもしなかった。


 だがそれを問題にする暇さえなかった。奴が、切りかかってきたからだ。

 軍人の私闘は、禁じられている。もちろん完璧に守られる規則なんてのも、ないもんだが。


 訓練を終えたところで、俺が疲れているのを狙ったんだろう。それを抜きにしても、俺の手には剣しかなかった。

 避けるにも受けるにも、抜かざるを得なかった。


 そうしてしまえば俺も同罪だが、部下が応援を呼ぶまで耐えるにはそれしかなかった。

 その場に居る人員で取り押さえると部下は言ったが、まずいことに俺の部下しか居なかった。

 マルアストが私刑を受けたと言えば、通らないまでも面倒な事態にはなる。


『俺がどうにかする。てめえらは手を出すんじゃねえ』

『いい心がけだ。どうしてそれで、密命に臆する』


 奴がまた言って、俺は覚悟を決めた。こいつは死ぬ覚悟とか、そんなものを全く持ち合わせていない。何も考えていないただの阿呆だ。

 つまり、死ぬまで自分に酔い続けるだろう。ならば殺すしかない。


 それで殺したのかって、焦るんじゃねえよ。結果、俺は奴を殺してはいない。

 その時には、誰が殺したのかも知らなかった。


 部下が呼んだ応援が、すぐに来た。あらましは聞いたから、取りあえず俺は宿舎に帰っていろと言われた。

 両方が現場に居たら、話も出来ないとな。


 話の分かる奴が来てくれたと思って、俺は言う通りにしたさ。そいつらの隊長が誰だったのか、確かめなかったのが運の尽きだ。


 間抜けに宿舎で待っていた俺のところへ、血みどろの部下が駆け込んできた。


『隊長、罠です……逃げてください』


 そう言って、そいつは死んだ。

 もちろん逃げたさ。すぐに追っ手が付いたが、何とか逃げ延びた。

 町の近くまで逃げたところで、運良く逃げ延びた部下と会った。一人だけだ。


 応援に来たのは、百人隊長のイラド。

 マルアストともども、俺の部下を全滅させてくれた。奴が駆け付けた時には、もうその有り様だったって筋書きだ」


「それは悪いねえ。でも話せば分かってもらえたんじゃないのお?」


 普通はそう考えるだろう。しかしあの場は普通でなかったし、このお嬢さんもそうと分かっていて聞いていると見える。


「無理だな。従いそうにない俺を殺すために、マルアストを利用したくらいだ。その辺の判断をする連中は、ぐるだったってことさ」

「なるほどねえ。でもそれがアビたんと、どう関係するのお?」


 ああ、そうだった。そもそもはその話だった。思い出すほうに集中して、忘れていた。


「いや、だからな。罪滅ぼしだよ。俺はそのあと、調べたんだ。だが領境の接しているどこへ行っても、特段に軍備を整えている気配はない。北のアーペンにだって行った」

「反乱を起こそうとしているのは、他でもない辺境伯だと分かったんだねえ」

「そうだ。確証はなかったが、そうとしか思えなかった」


 ふうん、とお嬢さんは言った。そこまで分かったのなら、どうして通報しなかったのかと聞かれると思った。

 しかし聞かれない。

 思えば最初に会った時から、察しのいい娘だとは思った。聞けばあの、ミーティアキトノの一員だというから納得だが。


「それを調べている間に、あっちやこっちでここに居る馬鹿どもと出会った。こいつらと気ままに飲み食いしているほうが、楽でいいと思った。

 俺は──俺の部下たちは、何十年も命を張って国境を守ってきた。それが、たったあの数時間でなかったことにされた。

 それが馬鹿馬鹿しくなったのかもしれん」


 そんな風に思ったのは、今が初めてだ。その辺りのことを、考えたくなかったのが本音だろう。


「まあまあ、近いうちに反乱が起こることは知っていたんだねえ」

「そうだ。それをあいつに教えてやっていれば、あんなことにはならなかったかも……なんてな」


 フラウだったか。あの美人さんは、死んでいなかったらしい。俺が教えていたところで、何も変わらなかった気もする。

 それでも、たった一度。こてんぱんにしてやられたからって腐っちまってた俺と、あいつは違った。

 そんなあいつがとうとう折れそうだってなったら、あんな態度にもなろうってもんだ。


「ふうん」

「何だよ」

「いやあ、親方は男だねえって思ったんだよお」

「馬鹿にしてんじゃねえよ。それはそうと、こいつらはいつ起きるんだ」


 朝には起きるはずだと、可愛い顔のキトルは言った。その通り、いつも起きるころには全員が目を覚ました。

 しかしその代わりというのも違うが、コーニッシュという名のその娘は姿を消していた。

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