第362話:覚悟を問う

 そうだとすれば時間が早すぎるのだけれど、飲みに繰り出した帰りのように連れ立って歩いた。実際にそこらへ酒場もあって、誰も顔を赤くしていないのが不思議なくらいだ。


「団長。聞いてもいいですか」

「何にゃ?」


 メイさんとトンちゃんは、少し先のほうを並んで歩いている。あちこちの店先に並べられた食べ物に、メイさんが吸い寄せられるのを止めているのだろう。


「……ユーニア子爵が、ボクにはもう構わないって。どうしてです?」

「それが質問かにゃ?」

「質問文になっていたと思いますが──」


 団長が歩くすぐ後ろを、ボクとフラウも歩く。大したことはないのだけれど、いくらか掴まれたりして打撲になったところをフラウが心配してくれた。


「ふうん、まあいいにゃ。あの時、城を崩したにゃ?」

「ええ。音を聞いただけですが、子爵の部下もそう言っていました」

「夫人にも言ったけど、あそこにあった仕掛けは使っていないにゃ」


 破壊することを目的に設置されていた仕掛けを使わずに──となると方法は一つしか思いつかない。

 でもそんなこと、出来るものなのか?


 王城に代表されるほとんどを石で造られた城とは違って、アキュアマルテは木造部分も多かった。

 しかし城の中にも周りにも、兵士は居ただろう。それをどう──いや、兵士だけじゃない。使用人だってたくさん居たはずだ。

 その人たちをも、巻き込んでしまったのか?


「仕掛けって、火薬とかですよね。そんな物を全く使わずに、どうやったんですか」

「全く使ってなくはないにゃ。見つけた火薬は、ほとんど使ってしまったにゃ」

「どういうことです?」


 団長の説明は、こうだった。

 まず最初に崩した城の一部は、火薬によるものだ。それ以外の火薬を城内の何箇所かに仕掛けはしたものの、爆発音や振動を起こすためだけに使った。


 現実に城を叩き壊したのは、ボクが想像した通りにメイさんとサバンナさんだ。

 他に数人の団員が、爆発に巻き込まれたくなかったら逃げろと城内に触れて回る。ついでに爆発音をさせる。避難が確認出来たら、破壊する。

 その繰り返しだったと。


「夫人も、爆破じゃなく炎上と言ってたにゃ? そもそも破壊するのには全然足りなかったにゃ」

「なるほど……でもそれが理由にはなりませんよね。むしろ何てことをしてくれたんだってなると思いますが」


「だから火薬を使わなかったのにゃ」


 意味が分からない。どうやってだろうが、城が壊れたという事実は変わりないのだ。やり方によって、敵意を削ぐ方法があるものなのか。


「子爵は計算高いから、敵対しては利が薄いと判断させた──のかしら」

「ご名答にゃん」


 打撲痕を検索し終えたフラウは、ボクの腕を取って黙って話を聞いていた。

 けれどもボクがあまりに正解に辿り着かないものだから、助け舟を出してくれたらしい。


「利が薄い……」


 それでも察しの悪いボクだったけれど、二人とも答えそのものは言ってくれなかったのでしばらく考えた。


「ああ──城を素手で壊すような相手は、放っておくに限ると?」

「そういうことだにゃ」


 相手が敵国や貴族ならば放置も出来ないだろうけれど、こちらはたかが盗賊の集団だ。手を出さない限りは害がないのであれば、それでいいと。

 ボク一人をどうこうするために、城を破壊するほどの被害を再び出すことはない。


「でもいくらあの二人でも、そんなことが出来るんですか。いや、出来たものを疑うわけじゃないんですが」

「城も建物だからにゃ。いくつか要の部分を壊せば、勝手に崩れるのにゃ」

「へえ……でもそんな建築の知識のある人が、うちに居ましたっけ?」


 さてにゃ。と、団長はとぼけた。しかしその返答は必要なかった。知識と自分で口にした時点で、ボクには一人の顔が頭に浮かんだから。


「それで、どうするのにゃ?」

「え?」

「え? じゃないにゃ。これが終わったら、覚悟が決まるんじゃなかったのにゃ?」


 いよいよ団長から聞かれてしまった。

 覚悟は──決まっている。もう言ってしまった気もする。でもあらためてとなると、やはり緊張した。

 あれもこれも、うやむやにしたまま、また元通りなんてことが許されるのかと。


「ええと、ボクは……」

「にゃん?」


 ああ──駄目だ。顔向け出来ない、申しわけないという気持ちが先に立ってしまう。

 気持ちは間違いなくそうなんだ。

 このまま団員として、フラウと二人でみんなの仲間として生きていきたい。

 それを口に出すのが、この上なく我儘だと感じてしまう。


「ああっ、面倒臭いみゃ!」


 いきなり頭を殴られた。夜道だというのに、目の前が真っ白になるほど。


「っつう……どうしたんですか、トンちゃん」

「アビ! まったくお前はいつまでそういう、何かあれみゃ。遠慮とか、ウチらは家族ってお前が言ったみゃ。その──やりたいことをやりたいって言わないと、まったくまったくみゃ!」

「ええ? って痛っ!」


 よく分からないことを喚いて、最後にまたボクの胸に拳を叩き込んで、トンちゃんは明後日の方向に走っていった。

 あっと言う間もなく見えなくなった彼女が何を言いたかったのか、出てきた単語でまあ何となくは分かる。


「みんなのやりたいことを、みんなで叶えるのがミーティアキトノみゅう」

「そうですね。何がやりたいのか、言わないと叶えようがないですよね」


 みゅみゅっ。と笑うメイさんが、団長に飛びつく。珍しく照れている彼女も、ボクのことを心配してくれて言ったようだ。


「団長。色々ありましたけど、もう一度ボクを団員として認めてくれますか」


 にゃにゃ。と笑う声がして、いかにもどうしようかなという素振りを見せる団長。

 でもそこで嘘は言わなかった。


「退団を認めていなければ、聞いてもいないにゃ」

「団長……」


 腰を折るボクの耳に、優しい団長の言葉が追って降りかかる。


「でもそう言うなら、アビたんはフロちより下の新人さんにゃ」

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