第361話:終焉を告げる
扉を開けるのにも、性格は出るものだ。いつでも忙しい感じの人とか、音を立てたら罰でもあるのかという人とか。
そういう意味で言えば、いかにも気易い、お気楽そのもの。扉から鼻歌でも聞こえそうな雰囲気だった。
しかしそこへ姿を見せた人物に、ボクは逆の意味で驚いた。
「団長!?」
「君たち、いつまで遊んでるにゃん」
「だんちょお来たみゅう!」
駆け寄るメイさんに、操り人形の一人は踏みつけられた。
残るは四人。メイさんの予想外の動きに慌てたのか、迂闊にあとを追ったもう一人は団長に首筋を打たれてもんどりをうった。
「あたしも混ぜてくれないと困るにゃん」
倒れたまま痛みに呻く二人を尻目に、団長とメイさんはトンちゃんのほうへ向かう。
そうなれば三対三だ。個々の実力で劣る操り人形たちは、手も足も出なかった。
「さてそっちへ行くにゃ」
「でも、これをどうしましょう」
金属の柵を挟んで、団長の顔をどう見れば良いのか分からなかった。
フラウのことで逆上して、殴りかかったことを団長は何も言わない。結論が出るまで口出ししないと言ったのは団長だけれど、それでも助けに来てくれたことをどう受け止めればいいのか──。
「メイ、持ち上げるにゃ」
「いやそれは──」
柵が降ろされた時に、メイさんはいくらか殴りつけたり持ち上げようとしていたのだ。しかしびくともしなかった。
これを持ち上げるくらいなら、壁を壊して回ったほうが早い。
「みゅみゅうっ!」
と思ったら、あっさり持ち上がった。重そうではあるけれど、メイさん一人で何とか支えられている。
それを悠々とくぐって団長とトンちゃん、最後にメイさんもこちら側に来た。
「上に止め具があったから、壊してきたにゃ」
「ああ、なるほど──」
柵は上から降りてきた。となると昇降させる装置も、当然にそこへある。言われて見れば当たり前だけれど気付かなかった。
それを操作していた操り人形も居たはずだが、問題にはならなかったのだろう。
「でも団長──」
「にゃん?」
「終わるまで、何も言うことはないって」
まっすぐ顔を見られなくて、視線が泳いでしまう。団長はそんなボクの顔を両手で挟み、ぐりぐりと頬を揉んだ。
「だから手を出しに来たにゃ」
「え、ええ……?」
「嘘にゃ。あたしの嘘にいちいち引っかかってたら、身が持たないにゃ」
団長の口元から、にゃにゃっと笑いがこぼれ落ちる。ボクの顔から手が離れて、その足はアレクサンド夫人の方向に向いた。
「アビたん、女の嘘は宝石と同じにゃ」
「着飾るものということです──?」
「似合う物を選んで、似合う数だけ着ければとても綺麗になるにゃ。だからフロちの噓も、似合うものなら騙されてあげるにゃ」
あなたもそうかにゃ? と、最後に問われたのはアレクサンド夫人。
「嘘など吐いていないですにい」
彼女を守る人間は居なくなった。操り人形やそれ以外の護衛も居るはずだけれど、誰も駆けつけて来ない。
それでも表情に変化はなかった。こちらを知らない相手であれば、形勢が変わって何をされるかと慌てふためく場面だけれど。
「そうかにゃ? じゃあどうして子爵のところへ、誰も連絡に向かっていないのにゃ?」
「おや──それは困りましたにい。きちんと命じたのですけれどにい」
どういうことだ? 夫人はその時間稼ぎのために、こんなふざけた趣向でボクたちをもてなしていたのではないのか。
答えを知りたくとも、聞いたところで素直に答える人でないのはよく知っている。
「安心してほしいにゃ。子爵はもう、あなたの息子をどうこうしたりはしないにゃ。少なくとも、彼がうちの団員である限りはにゃ」
「あの方がそう易易と、方針を曲げられるとは思えないですにい」
「あなたも気付いているにゃ。サマムの城を崩したのは、あなたの仕掛けではないにゃ」
うん? それは確かに実行したのは団員の誰かだろうけれど。いや、そういうことではないか。
仕掛けを使わなかった。他の方法で城を崩したということだろうか。
「……そうですか、それは良かったですにい。こちらが安心する謂れはないですけれどにい」
夫人は椅子から立って、ボクたちに背を向ける。そのまま窓際に向かい、外を眺めながら言った。
「大したもてなしが出来ずに、申しわけないですにい。お詫びとして、食料の件はこちらが持ちますにい」
それで手を打って帰ってくれと、夫人は言う。団長が「了解したにゃ」と言っても、返事はない。
「母上、聞いた通りです。ボクもまだよく分かっていませんが──ボクはミーティアキトノの一員として生きていきます。フラウと一緒に」
夫人は何も言わなかった。そこで凍りついたかのように、身動きもしなかった。
部屋を出る時に
「さようなら」
と言ったら、頬が少しぴくりとしたのは気のせいだっただろうか。ボクの隣で、フラウも夫人の背中に腰を折っていた。
随分な長さをそうしているうちに、トンちゃんが扉を閉めた。
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