第353話:気力の枯渇

「助けてくれる仲間ってのは、そうさせてやりゃいいんだよ。受け入れられねえのは、自分にそれを返す自信がないだけだろうが。


 それが悪いってんじゃねえ、若いうちは誰でもそうなんだよ。そうやって思うことをやってるうちに、段々と余裕も出てくる。

 泳げねえ奴が、溺れた奴を助けられねえだろ? そう出来るように、先に泳ぐ練習だろ?」


 その練習を手伝ってくれるのが仲間で、笑うような人は仲間でない。親方はそう語った。


 マルアストだったか。親方は軍人だったけれど、そういう名の上司を殺害してお尋ね者になった。

 他人の努力を笑うような人だったのだろうか。


 今の仲間たちとは、楽しくやっているようだ。セルクムさんや、サテさん、ルスさん。それぞれ得意なことで助け合っているのは、ボクも見た。

 親方は統率力とか戦闘の面では優れているんだろう。でも山賊として、無頼の作法みたいなものもあるに違いない。盗賊にもよその縄張りに入った時とか、覚えておくことはある。

 そういうことは仲間たちが代わりにやってくれたりするのだろうし、セルクムさんのように目の良さを活かしている人も居た。


 だから親方の言うことは分かる。むしろ言われなくとも、そう出来るようになりたいと願っていた。

 でも実際には、迷惑をかけることしかしていない。その上、ボクのほうが信用をしなくなってしまってはどうしようもないじゃないか。


「それはそうでしょうけど……」


 言いかけて、結局はそれが自分に自信がないという話じゃないかと悟る。


「惚れた女の一生を滅茶苦茶にしたような奴に、優しいなんて言ってやる必要はねえんだよ。それがお前さんの弱さそのものだ。

 てめえ、俺の女に何やってくれてんだって気持ちがありゃあ、そうはならねえだろ」


 俺の女って。

 フラウもボクと一緒に居たいと言ってくれたけれど、だからって物のように言いたくはない。


「ただまあ、それがお前さんの強さでもある」

「え──?」


 どう答えたものか言葉を探していると、そう言われた。弱さだと言ったり、強さだと言ったり。つまりは何が言いたいのか、分からなくなってきた。


「お前さんは相手がどんな酷い奴でも、許すことが出来る。辺境伯もそうだが、親だってそうだろ? ついでに言えば、俺たちのこともそうだ」

「いや、それは……」


 リマデス卿には、許すも何もといった気持ちになっている。やはりユヴァ王女の件への共感が強くて、フラウには寂しさを紛らわせるために頼っていたと思ってしまう。


 親──は、どうだろう。

 家を出る時には、二度と関わり合いになりたくないと考えていた。これで別の時間を過ごすことが出来ると、縁が切れることを喜んでいた。

 でも現状はそうなっていない。

 サマムの市長邸でまた嫌悪感を覚えたけれど、そのあとに深く考えはしなかった。

 それどころでなかったのは、あるけれども。


「ここから先、正真正銘に一人で生きていくつもりか? それが出来る奴も居るが、お前さんには無理だと思うぜ?

 人にはそれぞれ、役目ってのがあってな」


 役目。レリクタに居た子どもたちは、お役目という言葉で縛られていた。その言葉は何よりも優先されるのだと、心に染みつけられていた。

 今のボクには、あまりいい印象を与える言葉ではない。


「いつでも決まりきってるもんじゃねえんだ。こいつと一緒に居たら俺は聞き役。あいつだったら命令役。そいつならケンカ相手、って感覚は分かるだろ?

 お前さんは、まだそれが受け身ばかりなんだよ──あの連中が相手じゃ、当分それでも仕方ないがな」


 ああ──親方のお勧めは、ミーティアキトノに戻れということか。

 それが現実的ではあるだろう。でももうボクは疲れたんだ。謝るとか謝られるとか、そんなことが面倒臭い。


 親方の話を聞いていて、自分がどう思っているのかようやく分かった気がした。


「そんな顔をするな。余計な奴に余計な優しさを振り撒く暇があったら、仲間にそれを向けてやれ。

 どうしてそんなことを言ったか、聞いたのか?」

「そんなこと? ああ──いえ。聞いていませんね」


 ボクの命を脅かすくらいなら、フラウのほうが死ねと。理由と結論が揃っていたから、聞いたつもりになっていた。

 どうしてそんな話をしたのか、その理由は聞いていなかった。


「お前さんなら、きっと許してやれる。それでもやっぱり駄目だったら、またここへ来い。俺たちと楽しくやろうや」

「ええと…………はい」


 肯定はしたものの、そうしようとは思えなかった。

 親方の言い分は分かるし、とても有り難い。しかしもう、これをしたらこうなると一つ先のことを考えるのも面倒だ。

 フラウの居ない時間の続くことが、耐えられそうにない。


「そうだ。レンドル爺さんも、しばらく俺たちと居るそうだ」


 言いたいことは大体言ったらしい。ボクがはっきり返事をしないので、とりあえず目先を変えることにしたようだ。


「もう農場はやらないんですね」

「さすがになあ、また一からって体力はねえとよ。俺たちが手伝うならって言ってたが、それは勘弁だしな」


 叶うなら、またそうするつもりはあるのか。息子さんのことを思い出すから、もう出来ないということかと思ったのに。


「あの息子もな、本当の子じゃないそうだ。詳しいことは知らんが、大事な人の子だと言ってたな」

「大事な人ですか。恩人とかですかね」

「さあな、気になるなら聞いてみな。死んじまったものはどうもならんと、さっぱりしたもんだった」


 あれくらい歳を重ねると、切り替えがうまく出来るものなのだろうか。それとも元を辿れば原因はリマデス卿にあって、それが死んだから気が済んだとか。


「リマデス卿も亡くなりましたからね……」

「いや関係ないと思うぜ? 戦場にだって、爺さんはお前さんたちの助太刀に行ったんだしな」

「え、ええ? だってあの時、息子の仇をって」

「そりゃあ目の前に相手が居ればな。でも元々は、お前さんたちを手伝うためだ。俺たちが行こうと言う前に、爺さんが言い出してな」


 あの時聞いた話とは、随分違うような。

 けれどもそれが本当ならば、自分のことなんて関係なく来てくれたのか。老体に鞭を打って、ボクを運んでくれさえした。


「どうしてそこまで──」

「爺さんに取っては、この辺の悪党はみんな子どもみたいなもんだとさ。いくら大切でも、帰ってこないものよりは生きてるお前さんたちの手伝いがしたくなったんだとよ。恩返しも兼ねてな」


 そんなこと、ボクには遠すぎる。そんな風には、ボクは思えない。親方がボクを思って話してくれるのも、どんどん重荷になっていく。

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