第348話:火に集う

 手早く石が集められて、小さなかまどのような物が作られた。手際良く熾された火の温度が、冷えた体には抵抗し難い。


「座りなよお」

「あ──はい」


 なるべく平らな場所を探して、そこに厚くもない布を敷く。ごつごつと痛いかもしれないけれど、フラウにはここで我慢してもらおう。


「おいしいよお」

「どうも……」


 さっと炙った干し肉を突き出されて、咄嗟に受け取ってしまった。食欲なんてないのだけれど、仕方なく口に入れる。


「飲み物もあるからねえ」


 金属のカップが、火の傍に置かれている。上がってくる匂いからすると、果実酒を温めているらしい。


 どんな顔をして、何を話せばいいのだろう。団長と同行していたのは、知らないはずだけれど。

 仲違いというか、逃げるようにここまで来てしまった以上は、ボクはもうミーティアキトノの一員でもない。


「奥に誰か居るみたいですけど──」

「ああ。レンドル爺ちゃんとか、山賊のみんなだよお」


 こんなところに潜んでいる事実と、コニーさんが現れたこととを合わせると、そうだろうとは思った。

 ほぼ確信だったからわざわざ聞くこともなかったけれど、他に当たり障りのない話が思いつかない。


「レンドルさんは、返り咲いちゃったんですね」

「そういうのでもないんだろおけど。行く当てもないみたいだしねえ」


 カテワルトの目の前での戦闘が終わってすぐ、王軍による検分が行われた。

 検分は褒賞を与える根拠にしたり、戦闘の記録を残すために行われる。そこでもちろん敵と味方、双方の部隊も検められる。


 でもその時には、彼らの姿はなくなっていた。兵士でない人たちの遺体もかなりあったそうだけれど、ジスター=バラバスと仲間たちはその中に居なかった。


 そこからレンドルさんも、行動を共にしているのだろう。帰るべき場所と、一緒に暮らす家族を一度に失ったから。


「コニーさんも、そこから一緒に?」

「ううん。でもこの辺りに来るとは聞いてたから、遊びに来たんだよお」


 それがちょうど今だったわけではなく、酒の肴になるものがかかっていないか、罠を見に行っていたらしい。

 放浪が信条だけあって、コニーさんはそういうことも得意としている。


「かかってなかったんです?」

「かかってたよお。血抜きをして、水に晒してるとこ。大きいから、運ぶのを誰かに手伝ってもらおうと思ったんだよお」


 コニーさんが、一人で運べないって。どんな大物で、どんな罠なんだ。


「そうですか。相変わらず楽しくしているみたいで、良かったです」

「アビたんは?」


 遠慮してくれているみたいだったから、安心しかけていたのに。不意打ちだった。


「聞いてほしいけど聞いてほしくないみたいな顔をしてるから、聞いてみたよお」

「そっちを選ぶんですね」

「聞いたら駄目だったなと思ったら、聞かなかったことにするよお」


 自由だな。


 まあ、このまま人知れず生きていくとしたら。ミーティアキトノを抜けると、言わないままになってしまう。

 ここで会ったのも何かの縁ということで、コニーさんに言っておくのがいいかもしれない。


「ええと──サマムで、アレクサンド夫人とユーニア子爵に会いまして」


 そこで起きたことを、端折ることなく話した。ボクがどう感じたかとか、主観的なことは省いて。

 話すのがそれほど得意でもないから、まあまあ時間もかかったけれど、コニーさんは黙って聞いてくれた。


「ふむふむう。それでお姫さまは、こうなったんだねえ」


 手を伸ばしたのでは少し足らないくらいのところに横たわったフラウ。コニーさんは彼女をじっと見て、おもむろに言う。


「おいらもお姫さまを、知らなくはないからさあ。顔を見せてもらってもいいかなあ」

「ええ──どうぞ」


 亡くなった人に、最後の言葉をかける。せめて顔くらいは合わせておこう。縁のあった人ならば、そう考える人も多い。

 でもボクは、まだフラウの今を受け入れたくない。


 そう考えている時点で、片意地を張っているだけなのは自分でよく分かっている。でもだからといって、すぐにそうなんだともならない。

 要するにその辺りが、まだまだ子どもということなのだろう。


 フラウの居る方向から目を逸らして、耳を塞いだ。

 コニーさんがフラウに声をかけたり、顔を覗きこんだりするのを見ないようにした。

 やがて元の位置に、彼が戻るまで。


「本当みたいだねえ」

「ええ……」


 わざわざ言わなくても。

 そう思うのは、ボクの勝手な理屈だろう。事実を認めたくなくて、あてどなくうろうろしていると言ったのはボクだ。


「ん──」


 座ったばかりのコニーさんが、またすぐに腰を上げた。穴の外に何かを見たような素振りだったけれど、慌てた様子ではない。


「どうかしました?」

「ううん、ちょっと。気にしないでいいよお」


 ちょっと見てくるだけだから待っているように言って、コニーさんは穴の外へ出て行った。

 そう言われなくとも、いちいち好奇心を発揮して着いていくような気分ではない。


 でもコニーさんの気配は、穴を出てすぐの辺りから動かなくなった。そんなところで危険もないだろうけれど、逆に何をしているのかと気にはなる。


「まあ、いいか……」


 長くて細いため息を吐いて、ちょろちょろと燃える火をつついた。意味もなく、燃え残った枝を火に押し込んで燃やし尽くしたりして、何か考えそうになるのをごまかした。


 やがてコニーさんが戻ってくる前に、穴の奥から別の誰かがやってきた。

 火を焚いているのは分かっただろうし、こちらの話し声が聞こえたかもしれない。それに山賊たちからすれば、可愛いコニーさんが帰ってこないと心配にもなるだろう。


「お? お前さんも来てたのか」

「お邪魔しています」


 時間的にも、縁の濃さでも。久しぶりというほどではないはずだけれど、何だかそんな気持ちになった。

 姿を見せたのは山賊の親方こと、ジスター=バラバスだった。

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