第349話:昔話
親方はボクからフラウへと視線を移して、少しの間を眺めた。それから手刀を自分の胸に突き入れるような素振りをして、数秒だけ目を閉じる。
あれは闘神ウドゥムの祈り。風貌や元の職業に似合った信仰を持っているらしい。
「よっ──と」
何があったかとか、親方は聞かなかった。コニーさんの座っていた石の上に座って、そこに投げ出されていた干し肉を火に翳す。
「何も聞かないんですね」
「聞いてほしいのか?」
気を遣ってくれているのかと思ったら、不躾な返答があった。
いや話を向けたのはボクだけれど、普通は何か聞かれるよなと思っているところにその反応があれば、気になるに決まっている。
「いえ……」
「そうか」
肉をじっくり炙る構えの親方を、まっすぐに見ることが出来なかった。何を言っても、言わなくても、見透かされているような気がした。
見透かされて困ることもないはずだけれど、誰しも自分以外の人に全て知られるのは気持ちのいいものではないだろう。
「ふっ──」
親方の穏やかな顔に、ほんの僅かな笑みが差した。「いや、悪い」と引き締めたことからすると、失笑だったらしい。
「何です?」
「いや──独り言と思ってくれていいんだが。昔々、あるところに一人の貴族の男が居たそうだ」
何だ、昔話? 突然にどうしたことだろう。
ふざけている風では、もちろんない。普段のこの人には茶目っ気もあるらしいけれど、団長ほどに時と場所を選ばないことはないだろう。
「その男は近々、結婚をする予定だった。しかし妻となる女性が死んで、その原因となった奴らを男は呪った。
男は時間をかけて復讐の準備をして、国を揺るがす戦争までも引き起こした」
どこかで聞いたような。などととぼけなくとも、たぶんリマデス卿のことだろう。
どうしてこの人が、卿のことを。それにどうして、今その話をするのか。
「男は復讐に失敗して、生きながらえた。しかしそのことよりも、もっと後悔したことがあったそうだ。何だと思う?」
復讐に失敗したこと。それとも、生きながらえてしまったこと。後悔の言葉は、どちらにかかっていたのか。
それがどちらだとしても、それ以上に後悔したこと?
何だろう。全く想像がつかなかった。
「──分かりません」
「妻の葬儀を、王家に任せてしまったことさ。自分で埋葬するなり、そうでなくとも自分で手配すれば良かった、とな」
「そう、なんですか。そんな話は全然聞いていなくて。リマデス卿が──」
確かにユヴァ王女の葬儀は王家が主導して、王家縁の神殿で行われたと聞いている。正確にはそう聞いたのではないけれど、前後の話で考えるとそうなるはずだ。
でもそれを、卿が後悔していたなんて。死の瞬間にまで居合わせたけれど、そんなことを感じているとは分からなかった。
「あん? 昔々と言っただろう。そもそも俺の作り話だしな」
「ええ……」
「そんな顔をするな。どれだけ辛くても、最低限これだけはってのをやり逃すと後悔するって話だ」
こんな時にからかったのかと、若干以上に非難の目を向けた。
しかしまたそれに対する答えは真面目に落ち着いた口調で、やはりふざけたりからかったりしているのではないようだ。
「………………フラウを………………埋葬しろと?」
「この国は涼しいからな。今日や明日って話じゃない。でも一週間先、なんてことにも出来ねえ」
場所を探して、穴を掘って、祈りを捧げる。
誰かを頼むのなら一日で出来るけれど、一人ではそうもいかない。穴を掘るだけでも、一日の大半を使ってしまうだろう。
埋める。
人の遺体を、ずっとそのままにはしておけない。それはそうだ。骨身になっても添い遂げるというなら、話は別だけれど。
フラウを埋める?
ボクが?
土をかける?
あの綺麗なフラウの顔に?
どんな拷問なのかと思うけれど、ボクがやるしかないのは間違いなかった。さっきの昔話ではないけれど、例え神官であっても頼る気にはなれなかった。
「あんな美人さんだからな。綺麗なままで別れるのが、あの子のためでもあるさ」
「……そうですね。でも、よくそんなことをはっきり言えますね」
非難に聞こえたかもしれない。でもそうでなく、感心したと言ったつもりだった。
ボクが逆の立場だったら。年齢差とかはさておいても、やはり言えないと思う。
傷心の人は放っておくしかないし、それが一番だ。
けれどもそれを押して、言うべきことを言うのは。それで相手が、より悲しむかもと思えることを言うのは。
とてつもない勇気の要ることだ。
誰が、どんな風に。伝え方でも大きく違うのだろう。
ボクの心に、今のやり取りで新しい傷は付いたかもしれない。でもそれはとても小さなものだ。
フラウを弔ってあげないといけないのかな。というくらいには考え始めたことを思えば、親方に感謝しなければとも感じる。
「悪いな。俺も話のうまいほうじゃねえ」
「そんなことはないです。ありがとうございます」
気紛れと言ってしまえば、そうなのかもしれない。
しかし恐らく、話のうまいほうじゃないと言った親方が笑っていなかったから、言えたのだと思う。
「少し、聞いてもらえますか。ボクの昔話も」
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