第347話:彷徨いの道

 行くあてはなかった。

 血縁は元より、団長までも信用出来なくなってしまっては、ボクに居場所なんてない。

 というかそんなことを考えるほどに頭も回らなくて、誰の目にも触れられたくないとだけ感じて、その感覚に従って歩いた。


 ボクに唯一として顕れた、キトルの血の証。足だけがキトンのそれというのが、こんなところで役立つとは皮肉なものだ。


「フラウ。今日はどこで寝ようか」


 お腹が減ったねとか、喉が乾いたねとか。答えのない問いを呟き続けた。

 しばらく耳をすまして、心のどこかにある期待を何度も打ち崩して。それでもまたしばらくすると、もしかしたらと思ってしまう。

 もう絶対に、決して聞くことは出来ないと分かっている返事を期待してしまう。


 どちらの方角に進んでいるのかも、全く意識していなかった。でもいやに冷えてきたなと思って、気付くと辺りは真っ暗になっている。そこで初めて、ここはどこだと周囲を見回した。


「ハイル丘陵──かな」


 どうも街道近くを、南に進んできたらしい。このまま進むとカテワルトに戻ってしまう。

 無意識にそうしてしまっているのが、恥ずかしくも悲しかった。


 何も考えずに笑っていられた時間に戻りたい。

 浮かんだその言葉を、頭をぶんぶん振って取り消した。そうなったら、フラウと出会ったことまでなかったことにしてしまうからだ。

 彼女と出会ったことを、ボクは後悔していない。


 死なせてしまった現実があって、なおそう言えるのか?


 それは──。


「手ごろな穴でもないかな……」


 ハイル丘陵ではあっても、まだほんの入り口だ。標高は平地とさして変わらない。この辺りは岩場が多くて、落ち葉の布団を探すのは難しい。

 ということは風を防げる場所を見つけないと、凍えてしまう。


「それもいいんだけどね」


 君のところへ行けるからね、とは言えなかった。それを口に出すことは、フラウに叱られる気がした。


 フラウをフラウだときちんと理解しているためには、極限状態になっては駄目だ。体温とか空腹とか、自分がそうなってしまえば生きようとしてしまうかもしれない。

 そうなるとフラウの遺体を置いていくとかいう選択をしてしまう可能性がある。

 ボクはそんなことをしないなんて、それほど自分を信用することは出来ない。


 川までは多少の距離があるはずだけれど、岩場は湿気が多かった。適度に薪が拾えて、危険の少なさそうな場所。などと贅沢なことは言っていられないようだ。

 そういえば、この辺りを根城にした山賊が居たのだったか。もう駆逐されたはずだけれど、残党なんかが居たりするかもしれない。


「あ──あそこがいいかな」


 少し高くなった場所に、少し屈めば入れそうな横穴があった。岩壁に空いた隙間と言ったほうが、いいかもしれない。


 近寄ってみると、人の手が加わったもののようだと分かった。自然に出来た隙間を、誰かが出入りしやすいように広げたのだろう。

 件の山賊たちかなとも思うけれど、考えたところで結論は出ない。

 誰が作っていても、ひと晩の宿として使えればいいのだ。入り口をくぐって、中に入ってみる。

 しんとした空気が冷たい。ここでは駄目だ、もう少し奥に行かなければ。


 穴は奥に向かって、深く伸びているらしかった。入り口から想像するよりも、中は広い。

 二十歩ほども進めば空気の動きが落ち着いて、冷えていただけに暖かく感じた。


「大丈夫そうだよ。ここにしよう」


 そう言いながらも、まだ奥のほうへの警戒は解かない。山賊でなくとも、野獣や魔獣の巣になっている可能性はある。


 とはいえ、燃やす物を集めるくらいはしないとな──。

 フラウをどこに寝かせるか、ぐるり見回そうとした。


「──」


 話し声?

 穴の奥から、人の声が聞こえた。一人や二人じゃなく、複数の。たぶん何かあって、一斉に笑ったのだろうという感じだった。


 反響しやすい岩の洞窟の中で、ボクの耳にもそれくらいしか聞こえない。となると、かなり奥のほうなのだろう。

 残念だけれど、別の場所を探さなければ。


 見つからないうちに移動しようと振り返ろうとして、後ろから声をかけられた。


「あれえ、アビたん?」


 飛び上がりそうに驚いた。

 でも冷静に考えると、ボクをアビたんと呼び、声にもとても聞き覚えがあった。


「ああ、コニーさん。偶然ですね」


 ゆっくり平静を装って振り返る。やはりコニーさんが、この穴に入ってこようとしていた。

 コニーさんは、すぐに言葉を続けようとしない。じっと注意深く、ボクのほうを眺めている。

 正確に言えば、たぶんボクの背中のフラウを。


「一人?」


 結構な間があって、ようやく聞かれたのはそれだった。

 余計なことを言わず、予想を確かめようとしているらしい。それが団長を思い出させて、ボクは何とも複雑な心持ちになってしまう。


「……ええ。一人になってしまいました」

「そお。何か食べる?」


 背負い袋を降ろしながら、こちらに来るコニーさん。

 その横を走り抜けて、姿をくらますべきなのか。それとも相談の一つも聞いてもらうべきなのか。

 ボクがそれを決める前にコニーさんは石の上に座り込んで、袋の中からあれこれと取り出し始めた。

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