第338話:静かなる恫喝

 正しいこと──。

 そうでないことなんて、世界には溢れている。そのせいで大切なものを奪われた人と、ボクは別れてきたばかりだ。


 でもそれで街を返せなんて。いや規模の問題でなく、そんな物が誰か一人の持ち物だと言い切れるのか?


 時間を追えば、それはその瞬間ごとに所有者は居るだろう。けれども移り変わっていくその中の誰が、持ち主だと言うのか。


 セイムさんたちの働きで、村が町になったのだろう。でもそれが発展したのは、集まってきた職人さんたちのおかげだろう。

 更にそれが巨大な都市に変わったのは、今の王家に繋がる政治のおかげではないのか。


 そうだ、それにそんなそもそもを言うのなら、セイムさんたちの前にだって誰かは居ただろう。

 その人たちが、誰かを追い出していないとは限らない。


 ……そうか。つまりそれが子爵の言う、この世の摂理として正しいということか。

 どの時点もが、必ず正しいわけではない。だから振り返る限り、金銭や何かの条件で納得して譲ったのでない限り、誰もが正しいと言える。

 そう言える状況こそが、正しいのだと。


「一つ、分からないのですが」

「何か」


 だとしても。その主張には、納得したとしても。歴然とした事実というものもある。


「どうしてその話を、ボクたちに聞かせたんです?」


 いくら声高く叫んだとしても、現実に住んでいる人たちにとって、あそこはもうセイミアではなくカテワルトだ。あの街や港を利用する人たちに取って、なくてはならない交通の拠点だ。

 正しくなかったとしても、ハウジア王国の最重要拠点だ。

 あの町は難攻不落の首都を守る、世界最大の砦でもあるのだ。それをどうにかしようというのは、ハウジアという国を解体しようと言っているのと同じだ。


 一体ボクは何の話をさせられているのかと思えば、いつの間にか思いも寄らない場所に紛れ込んだものだ。


「ああ。察しはついているはずだが、明言せねばおいそれと返事も出来んか」


 ユーニア家の過去を語る時も、子爵はそれほどの熱を持った様子はなかった。でも信じてもいない妄想を話している風にも見えない。


 たった今の返事をする時に、むしろ退屈そうな顔をしたのはきっと、ボクの主張が消極的だったからだろう。

 ほら。ボクが頷くと、やれやれと小さく鼻から息を吐いた。


「私は交渉をすると言った。何の交渉か。それも説明した。セイミアを返却してもらう。その手段は。言った。穏便な解決など考慮していない」


 そうだ、確かに聞いた。そしてそれらが結ぶ結果は──


「これが現王家への反乱以外の、何かに聞こえたか?」

「いえ。そうだろうとは思いましたが、やはり大それたお話だったので」


 大それてなどあるものか。そう言う子爵は、僅かに笑った。失笑だったのだろう。すぐに消えたので、確かではないけれど。


「それならどうしてリマデス辺境伯の味方を最後まで──あ、いや。そうか、それでは駄目なんですね」

「そうだ、私は盗み取りたいのではない。セイミアを返せと要求して、それを通したいのだ」


 だからボクたち──いや団長以下、ミーティアキトノも協力しろと。それが交渉の目的というわけだ。

 となるとこの場に望んでやってきたアレクサンド商会は、既に協力関係にあるということになる。ボクから見れば、それはまた協力とは違う話になるけれども。


「ボクたちがそれを断ったら、どうするんです。それこそ王軍に通報するかもしれませんよ」

「通報はないな。それであれば、既にお前たちはそうしている。若しくはそうしていても、相手にされていない」


 肘掛けに置いた腕を子爵は一度上げて、また両手を組んだ。そろそろ結論をはっきり言えと、そういう意思表示なのだと思う。

 断ったらどうするのかというのには答えなかったのも、そういう意味だ。


 ボクなんかが答えていいのかと、戸惑っていた。本来この話は、団長が聞いて答えるべきだ。でもこの行きがかりでは、ボクが答えるしかないのだろう。


 子爵はミーティアキトノを、どれほどと見積っているのだろう。リマデス卿がギールを頼ったように、ここぞという時の劇薬として使えると考えているのだろうか。

 それとも味方は多いほうがいい、という程度の話か。


 後者であれば、この場では応と言っておくのもいいだろう。その程度の相手がそこに居続けるかどうかで何かを左右するほど、切羽詰まっているようにはとても見えない。


 いやそれにしたって、団員のみんなに大きく関わるかもしれないことをボクなんかが……。


「さあ、返事を聞こうか」


 まとまらない頭を抱えて、視界の端に映る団長を振り返った。

 話を聞いてはいるものの、口出しする気はまるでないとその態度で訴えている。でも向けられたボクの視線には答えてくれた。首をちょっと傾げて、いつもの微笑みがボクに向けられる。


「フラウ。もしも間違っていたらごめん。でも、ずっと離さないから」

「問題ないわ。あなたは何の失敗もせずにここへ来たわけじゃないもの」

「──そうだけどさ」


 ぽかぽかと温かい物が、ボクの手を包んだ。ボクの腕を抱くのを片方の手だけにして、もう一方をボクの手の上に重ねている。

 何度か彼女を抱きしめているけれど、こんなに温かかっただろうか。どちらかというと、その落ち着いた態度に似たような体温だった気がするけれど。


 でもそれはいい。この温もりは、ボクの心に気持ちいい。とても安心出来る、ボクには数少ない確かなものだと感じさせてくれる。


「ユーニア子爵。盗賊団ミーティアキトノは、あなたの計画に一切の協力を拒否します。申しわけありません」

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