第329話:対するは二人
剣を佩いた男性。兵士でもないのだろうから、ワシツ邸のコムさんたちのような護衛なのだろう。分厚い革の服を着ているくらいで、防具とまで呼べる物は身に着けていない。
門番として立っていたその人に名を告げると、「ああ君か。案内しよう」と周知されていたようだ。
その人が居るので玄関も素通りで、そこから近い部屋に通された。
応接室なのだろう。高そうな調度品が並んでいるけれど、あまり趣味は良くないように思えた。
「値段が高いだけで買い集めた、という感じね」
「ああ、やっぱりそうなんだ」
同じく眺めたフラウも言ったので、ボクに見る目がないわけではなさそうだ。
「惜しいわね。あの辺りの物を片付けてしまったほうが、品がいいと言ってもらえるでしょうに」
「へえ、さすがだね」
確かに彼女が指摘した物をないとして考えると、今よりぐっと落ち着いた雰囲気になりそうだった。
言われれば想像するのは容易いけれど、何もないところから思いつくのはすごいと思う。
だから素直に褒めたのだけれど、フラウは何だか気恥ずかしく感じたらしい。
「い、いえ。私も詰め込まれた知識だから」
顔を伏せるようにして、表情の変化を見せてはくれなかった。その仕草が愛おしくて、思わずボクも笑ってしまう。
「そうなんだ。じゃあボクにも教えてよ。その中から、二人ともが好きなことを見つけられるかもしれないよ」
知っていることを、もっと聞かせてほしい。そこに理由をつけてみただけの話だった。でも思いの外それは、自分で言った割に素晴らしい提案の気がする。
ボクもフラウも、両方が好きだと思えること。そんな物がたくさんあれば、それはきっととても楽しい。
「──いいわ、もちろん。でも裸婦画が好きとか言ったら、ひっぱたくわ」
「え、ええ!? そんなこと言わないよ」
実際の話として、裸婦画を性的に見る人は居る。でもボクはそんな風には思わないし、フラウもそうだろう。
たぶん彼女は、話題を自分が褒められる以外のところに逸らしたかったのだ。
そのまま随分と待たされた。巻き煙草でもふかしていれば、10本どころではすまなかっただろう。
それでもボクたちの入ってきた扉がノックされて、四人の男性が部屋に入った。
どれも見たことのない顔だけれど、きっとこの家の人間ではない。服装なんかで区別がつくわけではないけれど、どうにも纏っている空気が違っている。
たぶんこの人たちも
ただしボクたちを待たせているのは、彼らではない。間もなく入室してくるだろう、その人物だ。
胸の鼓動が速くなったのは、否定出来ない。でも腰の落ち着かないような気分にはならなかった。
隣にフラウが居るからなのか、フラウを巡る色々があったからなのか。いずれにせよ、フラウのおかげということだ。
誰も話さない、音も立てない窮屈な時間を少しの間だけ強要された。そうしろと言われたわけではないけれど、無言の圧力というやつだ。
それを唐突に破ったのは、四人の男の一人。廊下の遠くから静かな足音が聞こえてきたのに反応して、扉の前に移動する。
聞こえる足音は、そのペースが一定だ。それにうまくタイミングを合わせて、絶妙に扉が開けられた。
歩調に一切の変化なく、扉が開かなかったらぶつかっていただろう足が部屋に入る。
それはそのままボクたちの正面に回って、用意された椅子にふわりと座った。
「お久しぶり──ではないですにい」
「ええ、岸壁以来です。アレクサンド夫人」
アレクサンド商会会頭。ボクの母親。それがボクたちをここへ呼んだ、張本人だ。
「それで、何の用です?」
着席した夫人に対して、座ったままは居心地が悪かった。だからフラウと二人、立ち上がりはしたけれど、それ以上の礼は払わない。
「まあ、お座りなさいにい。お茶でもいただきながらですにい」
夫人が入室するのと一緒に来た男が、部屋を出ていった。あれが今の側用人なのだろう。
「ボクと同じ空間でお茶を飲もうなんて、どんな心境の変化ですか」
「これは異なことを言いますにい。必要のないことを、わざわざはしなかっただけですにい」
「今は必要があると?」
呼んだ理由は聞いていない。でもここへ来る前に最終確認のようなことをされたくらいだから、方向性くらいは察しがつく。
とすればボクが、下手に出ることは出来ない。
本心は心臓を掴まれたように苦しくて、逃げ出したいのだとしても。
「そう慌てないでほしいですにい。今日の話には、もう一人参加するですにい」
「もう一人?」
「そちらが来てくださらないと、始まらないですにい。もうすぐのはずですけれどにい」
それは予想していなかった。でもそれではどうして呼ばれたのが、ここなのかという疑問に答えがついたということでもあった。
「なるほど。では待ちます」
なるべく毅然と言って、フラウに座ろうと言った。
でも座った途端、また近付いてくる足音が聞こえてきた。力強い音が複数。やはり彼らなのだろうと思える足音。
ノックもなく、その主はこの部屋の扉を開けた。
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