第330話:不愉快な指名
少なくとも三人以上の足音が聞こえていたはずなのだけれど。部屋に入ったのは、二人だった。
廊下に視線を送っても、そこで待機しているような人影はない。
まあ彼らにそんな疑問は意味がないので、そうだったと事実確認以上ではないけれど。
「待たせたか?」
「いいえ、こちらも今参りましたところですにい」
この部屋で最も上手の席に、その人は躊躇なく座る。と同時に、鋭い眼光がボクとフラウに向けられた。
ユーニア子爵。
今回の争乱を裏で操っていた、得体の知れない人物。
「この二人は、どうしてここに居る?」
「私が呼んだのですにい。リマデス伯の最期も見届けたようですにい」
「それはどうでも良いが──用があるなら先に済ませよ」
抱えている財力で言えば、圧倒的にアレクサンドが勝っているだろう。
しかし貴族である事実と、暗殺も含めた戦闘集団の規模では劣るに違いない。
「閣下。差し出がましく申しわけありませんが、私から彼らに質問をしても?」
「構わん」
執事服に身を包んだ、姿勢の良い老人が言った。老人は見た目の通りに執事であり、屈強な護衛でもある。
彼の部下たちの戦いぶりはいくらも見せてもらったけれど、彼自身の戦いを見る機会はほとんどなかった。
でも部下たちを纏めるだけの実力も持っているのだろうなと、ボクは確信している。
「当家のメイドたちを見かけませんでしたでしょうか?」
「ええと……見たには見ましたけど」
「何か預かった物などは?」
「いえ? 別に」
ボクたちが彼女らを見ている可能性なんて、普通に考えればゼロに近い。でも今の問い方は、見ていると分かっていた気がする。
「そうですか。いえ、火急の用件でもあったのかと思ったのですが、それを知らせるわけでもないと。あなた方なら、しがらみもないですからね」
「はあ……」
枠の外に出てしまうと、まともに連絡を頼める相手の判別がつきにくい。話は分かるし、そういうものだろうとも思う。
でも問題はそこではない。しがらみがない、なんてことはないだろう。むしろ最近で、あなたたちほどしがらみの出来た相手もなかなかない。
「そんなことをされなくとも、駒は揃えてお話しますにい」
取り出した扇で口元を隠して、夫人は「ににに」と笑う。
この場とは関係のないヌラの質問だと思ったのだけれど、関係なくはなかったらしい。
「少年のほうは、アビシニアと言いますにい。アビスと呼んだほうが、そちらには通りが良いかもしれませんにい」
「存じております」
「少女のほうは、フラウですにい。先日まで、エリアシアス男爵夫人と呼ばれておりましたにい」
「左様でございますね」
返答はヌラがしていた。子爵は椅子に脚を組んで、ふんぞり返るでもなく、堂々とこちらを見ている。
「アビシニアは、当家の子息ですにい」
「おや。先のお子さまである二人が亡くなられて、ご養子を迎えられたと聞いておりましたが」
ボクの弟に当たるその養子は、アレクサンドの関わる事業によく顔を出している。
父と兄が亡くなって、母はまだまだ現役だけれど、その次となればその子が継ぐものと世間の誰もが思っているだろう。
ヌラももちろんそれを知っていて、その子とは違うのだなと念を押している。
「わけあって、商会の仕事には関わっていないですにい。それでもアレクサンドの子であることには変わりないですにい」
「左様でございますか。しかしまだ、この場に呼ばれた理由が分かりません」
それはボクも同じだった。
ボクとしては、母が何の用があるのかどうでも良かった。でもフラウと一緒にアレクサンドと関わりのない人生を送ると宣言する、いい機会だと思ってここに来た。
そこへユーニア子爵が来るなんて想定外で、話の向きがどこなのか想像もつかない。
「代を譲る気はまだないのですけれど、その候補としてご紹介しようと思ったのですにい」
「ほう、それはそれは。候補ということは、選定を残していらっしゃると?」
「そうですにい。もう少し時間をかけて、それぞれの能力を見極めないといけませんにい」
………………何だって?
ボクが、アレクサンドを継ぐ候補?
ボクの存在なんて、これまで何の考慮もしてこなかったのに?
どんな心変わりがあったのかとか、そんなことはどうでもいい。
こちらのカードをすぐに切るような、不用意な真似をする気もない。
ただ、もしも正直な気持ちを言うとしたら。一言で済む。
ふざけるな。
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