第328話:領都の再会

 旧サマム領。街の中を水路の流れる、領都サマムをボクたちは訪れた。ちょうどサマムにも立ち寄るという、商人のエコリアに同乗させてもらえたのだ。


 ここは前領主が反乱に加担していて、責任を取るためにその地位を辞した。その割に以前来た時と比べて、変わった様子は見えない。

 領境も引き直された新しい領主の下、混乱も見えないほどに安定しているらしい。


「まだそれほど経ってもいないのに、すごいね。やっぱり、それだけの手腕があるということなのかな」

「そうなんでしょうね。政治と陰謀は、似たようなものだし」


 感情的に複雑なものがあるのだろうかと、それとなく聞いてみた質問だった。でもフラウの表情には、全く動じた様子がない。

 その辺りの記憶が曖昧になっているだけかもしれないけれど、とりあえずはそれほど気を遣う必要はなさそうだ。


「それでどっちに行けばいいの?」

「あっちだよ。市長の家に行くことになってるんだ」


 行き先は言っていたはずだけれど、記憶力に問題でも──いや、市長の家に行ったことがあるのを忘れているのか?


 フラウの一言一言に、ボクはそんな心配をしてしまう。

 でもこれはそうではない、と思い至った。

 フラウがここへ来た時には、市長の家までエコリアで乗り付けたはずだ。だとすれば位置を把握してはいないだろうし、そこが市長の家だとも知らないかもしれない。


 フラウの歩調に合わせて、市長の家までもゆっくり歩いた。負ぶうことも出来たけれど、それはフラウが恥ずかしいだろう。

 それにそのこととは違う理由で、フラウ自身も遠慮した。


「ゆっくりとでも、自分の足で歩いて行かなきゃね。あなたと二人で歩く道だもの」


 これを聞いた時には、その場で崩れ落ちそうだった。往来の真ん中だったので、何とか耐えたけれども。


 しかしそれにしても、その時の表情。ふわりとした顔のフラウは可愛かった。

 まだ自然な表情を浮かべることは難しい──というか心中にある感情そのものが、はっきりしないらしい。

 それでも自然に作られる顔の中に、微笑みにも至らないけれど、いい表情を見つけることはある。


「おおい! おおい!」


 幸せな気分に浸りかけていたのに、ボクたちを呼ぶ声が聞こえてくる。

 この町でボクたちを呼び止める人など居ないと思って、最初は気にしていなかった。でもその声はかなり後ろのほうから、ボクたちを目がけて走って来ているようだった。


「呼ばれているようよ?」

「そうみたいだね」


 フラウが振り返ったので、ボクも止むなく振り返る。一体誰だと訝しむと、そこに見えたのは知った顔だった。


「いや酷いな。ずっと呼んでいたのに」

「すみません。この町に知り合いなんて、ほとんど居ないもので」


 追いついて苦情を言ったのは、ユベンさんだった。この町の商人ギルドで、使い走りをしているのだったか。


「この通り、俺が居るじゃないか」

「そうですね。でも覚えていてくれるなんて、思っていなかったんですよ。ありがとうございます」


 何の用で呼び止めたのかも分からないのに、とりあえずは礼を言った。

 褒めたりお礼を言ったりすれば、まずそれで気分を害する人なんて居ない。そのうえでこちらを下に見たりとか、出方を見れば本当の用件も見えてくるものだ。

 例によって、団長の受け売りだけれど。


「いやいや、俺もすぐに追いつけたら良かったんだが。目の前の仕事を放り出すわけにもいかなかったからな」


 町を出入りする商人のチェックをしているとも言っていたけれど、この様子だとずっとどこかで見張っているのだろうか。

 そこまで監視に特化しているとすると、商人ギルドが云々というのは隠れ蓑かもしれない。

 実は領主や市長の息がかかっているとか?


「そこまでして追いかけてきてくださって、何か用件が?」

「ああ、大したことじゃない。これを渡そうと思ったんだ」


 肩から掛けていたバッグをごそごそやって、ユベンさんは小さな袋を取り出した。フラウの拳よりもまだ小さいくらいの袋で、口を紐で引き絞って閉じてある。


「何です?」

「ん──まあ、お守りみたいなものさ」

「お守り? どこかの神殿の祝福でも?」


 一度会ったことがあって、世間話程度の会話しかなくて、それをたまたま見かけただけで追いかけてくる?

 しかも何やら贈り物を?

 これを怪しいと言わないで、何と言うのか。


「ええと、ボクにくれるということです?」

「いや、前に一緒だった女の人が居ただろう? あの人に、な」

「ああ、なるほど。そういうことですか」


 動機に信用性は増したけれど、だからといってそんなに都合よく、その物を持っているだろうか。

 しかしまあ、ここで怪しんでいても仕方がない。


「分かりました、渡せばいいんですね。中身は何です?」

「だからお守りみたいな物だよ。困った時には頼りになる」

「はあ、そうですか」


 了解した素振りを見せると、ユベンさんはまた元来た道を帰っていった。「確かに渡したからな」とだけ言い残して。


「危ない物でもないようだし、団長さんに渡せばいいんじゃないの?」

「そうだね。経緯を話せば、必要な警戒は自分でするだろうし」


 腰に提げている物入れにその袋を納めると、ボクたちはまた歩いた。と言ってももう何軒かの家を通り過ぎれば、市長の家の全景が見える。


「──ふう。行こうか」

「ええ。行きましょう」


 深呼吸をして、意外と緊張のないフラウと共に、門の前へとボクは向かう。

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