第16章:生生流転の終楽曲

第327話:先を問う

 南北を繋ぐ街道。ロンジトゥードまで、それほどの距離はない。でも体力の回復していないフラウと一緒では、どうしても休みながらになってしまう。


 どういうタイミングで着いても、幸いにしてエコリアが見つからないということはないだろう。

 大きな街であるベンディまで、エコリアならすぐのところだ。乗り合いではなくとも、乗せてくれる人は居ると思う。


「乗ってきたエコリアに、待っていてもらえば良かったんだけど。ごめんね」

「いいえ。あなたを待たせてしまうのは申しわけないけれど、歩くのは心地いいわ」


 来た翌日には移動することになるなんて、予想していなかった。そうと分かっていたら、一晩くらいはコンケさんも待てただろうに。


 でもフラウの言うように、周りにこれといって何もない野道を歩くのは気持ちがいい。もちろんそれは、一緒に居る人物のおかげだけれど。


 薄い作りのチュニックに、膝丈のスカート。足には山歩き用のブーツ。

 まさかフラウに団長やメイさんのような格好はさせたくないけれど、女性用の衣服は野山を歩くのに向いていない。

 道が平坦だから問題ないものの、あの屋敷がもっと山の上とかにあったらこれではつらかっただろう。


 だいいち服と靴がちぐはぐで、可愛くない。

 いやフラウには問題などあるはずもなくて、女性用の服にそういう用途の物がないのが悪い。

 農家の女性なんかは、作業用に夫の服などを借りるみたいだけれど。フラウにボクのズボンを貸すなんて──見てみたいかもしれない。


「ねえ」

「えっ、何!?」


 着替えたフラウの姿を思い浮かべていて、その当人の声に驚いた。

 誓ってやましい妄想などしていないけれど、やはり後ろめたい気持ちにはなってしまうものだ。


 フラウは、行く先を指さしていた。その顔には多少の不安を感じるけれど、それは最近のフラウにずっとあるものだ。

 今どう感じているのかを、察せるほどではなかった。


 指した先を見ると、駆ければ少しばかり息の切れそうな距離を行ったところ。数人が直立して、こちらを見ている。


「何だろう──」


 今はこれといって、脅威に感じるべき相手は居ない。もちろんこの辺りを縄張りにする野盗なんていうものも居るだろうけれど、団長たちの通ったすぐあとに居るとは考え難い。


 それでも何かあってからでは遅いので、近くも遠くも万遍なく見るようにしていたはずだ。

 それが少し意識を逸らした間に現れるとは、偶然にそこへ居合わせたのでないのは間違いない。


 遠くてもこちらを意識しているのは、視線で分かる。でも何かする気なら、わざわざ姿を晒したりはしないだろう。


「大丈夫。このまま行こう」

「ええ、分かったわ」


 頷き合って、歩調も変えることなく歩いていった。


 ──目に見えているのは三人。近付いて分かったけれど、彼らは消せるはずの気配をわざと強調している。

 それに従えば、隠れているのも三人くらいは居るはずだ。


 目の前に着いて、たくさんの楽器を出鱈目に鳴らし続けているような気配が止んだ。

 一転して静まった水面のような空気が、彼らが何者なのかをボクに教えてくれる。


操り人形マルネラだね」

「左様にございます」


 棒立ちのまま、感情を置き去りにした声で一人が答えた。先日に見たのとは、違う人のようだ。


 横に立つフラウが、ボクの袖をぎゅっと握った。

 しまった、気が利かないな。と内心で舌打ちしながら、半歩前に出てフラウを背中に隠す。


「ご心配なく。私どもは、一つ質問をして来いと言われただけです」

「質問? 何?」


 彼ら。操り人形だけでなく、その素性に関わる人たちに、こちらが苛々したり感情を燃やしては駄目だ。

 だから簡潔に聞こうとしたら、逆に苛ついているような言い方になってしまった。


「そちらの女性。フラウをこちらに引き取りたい。と申しましたら、どのようなお返事をされるかと」

「断る。帰ってくれ」

「即決なのですね」


 フラウは怯えた様子を見せて、ボクの後ろで縮こまる。

 ボクがついているから。なんて言っても、嘘になってしまう。ボクの実力ではきっと彼らに手も足も出ない。


 大声を出せば、先行する団長たちに聞こえるだろうか。

 でもそうすると、向こうが非常手段に出る可能性がある。


「いえ本当にご安心ください。先に申しましたように、質問をするため参っただけにございます。そしてその答えは頂戴しました」

「そう。なら、さっさとどこかに行ってくれないか。フラウが怖がっている」


 話していた一人だけが、恭しく頭を下げる。立ち姿の人形を、無理矢理曲げたような不自然な動き。

 フラウだけじゃない。ボクもお前たちを見ていると、嫌なことばかり思い出す。


「突然に失礼を致しました。最後にもう一度だけ確認ですが、返答は変わりませんね?」

「しつこいよ」


 真顔の面が、急に笑みの面に替わったのかと思った。両の口角に糸でも掛けて引っ張ったみたいに、気持ちの悪い笑みを男は見せる。


「承知」


 そう言い残して、飛び去るでもなく彼らは地味に歩いて、木立のあるほうへと消えていった。

 消えた先を覗いてみると、もう上下左右のどこを向いても、誰かが居たような痕跡さえ見つけられなかった。

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