第325話:人見知りの習性
「どれが切りつけるのか、どれが貫くのか、見分けはつかないよ」
にやと笑ったクアトの手から、続けざまに留め輪が飛ぶ。正確には分からないが、十本以上はあったはずだ。
「ごろごろみゅ!」
はたきを持っていない、左手のほうへメイさんは転がって避ける。
そのあとを追って、地面にいくつかの穴が空いた。
「ほうら、こっちだ」
「みゅっ!」
いくら反対に向かっても、長く伸ばされたはたきはメイさんの鼻先に届いてしまう。
ちろちろと誘う動きに、メイさんはまた目を奪われた。
「それにしても、あんな華奢な武器ですごい威力ですね──」
「確かに。でもどうにかしようは、あるみたいです」
地面に命中した
しかしミリア隊長は、突くべき弱点をもう見つけたという。
クアトは命を賭けた戦闘という格好ではないし、メイさんもそういう緊迫感を持つほうではない。
ボクがその雰囲気に流されていたのを差し引いても、見極めが早すぎないか。
「どうすればいいって言うんです?」
「君が直接戦っているならともかく、ミーティアキトノの団員に肩入れする理由はありませんね」
これまで気軽に話してくれていたのと、口調は変わらなかった。でもはっきりとそこに引かれた、区切りの線。
正直に言って、ショックだった。
自分は犯罪者を捕らえる港湾隊で、そちらは盗賊団でしょう、と。
団長なんかにはあんな態度を取っていながらも、この友好関係はずっと続くと思っていた。
いや別に、今突然に翻意したわけではない。ミリア隊長はずっと立場を変えていないし、ここまでミーティアキトノという盗賊団に益のある相談をしなかっただけだ。
ボクに関しては、なぜだかその例外らしいけれど。
「さあ、さあ! このままだと殺っちまうよ!」
「みゅっ! みゅっ!」
少し目を離していた間に、メイさんにはまた傷が増えている。貫くほうのは運良く躱せているみたいで、全て切り傷だ。
しかしあの傷の深さなら、当たりどころによっては致命傷になり得る。
そろそろ事態を打開しないと危なそうだ。
「メイさん、武器に構わずに突き飛ばすんですよ!」
「やろうとしてるけど、素早いみゅうう」
右へ左へと、とりあえず逃げようとしているのかと思っていた。でも実は、そのうちのいくらかはクアト自身への攻撃だったらしい。
距離を取っているうえに、クアトの先読みが早すぎて攻撃に見えなかったようだ。
最初にこの二人が対面した時、逃げようとしたクアトをメイさんは捕まえた。力は関係なく、単純に素早さで勝っていた。
それがどうして、逆転しているのだろう。
「前に言わなかったかねえ。あたいは人見知りするんだって」
「人見知りって──そういう意味だったのか!」
ボクも多少ながら、人見知りをするほうだ。だから初対面の相手とは、うまく話したり行動を合わせることが難しい。
でもあの時こう言えば良かったな、ああいう時にあの人はこうするんだな。と振り返って、次に会うときにはうまく対応出来るようにする。
それがまた失敗するとすごく落ち込むというのは、余談だけれども。
クアトが言ったのは、それを戦いに置き換えていたということだ。最初の対面では相手の特徴なんかを見極めて、次に戦う時に必ず勝てるようにする。
すごく普通のことのようにも思えるけれど、暗殺を目的とした人間がそうだと考えると怖ろしい。
なぜかって、一度目は必ず生きて帰ることを前提にしているからだ。
その場で勝てる相手ならば、そんなことをする必要はない。とすると、その手段が活かされるのはその場で勝てない相手だ。
それが本懐だとすると、ボクはこれでもまだクアトの本当の能力を見てはいないのかもしれない。
「まあしかし、このおちゃらけた戦法にも飽きてきたねえ。そろそろ決着といこうじゃないか」
「みゅ? まだどっちも勝ってないみゅ」
「だから決着って言ってるんだろうがよ! 人の話を聞け!」
おちゃらけなどとは言いつつも、それが有効だと考えたから持参したのだ。捨てたりはしない。
見せつけるように大量の留め輪が指にかけられて、メイさんも防御の構えだ。
「ああでも、はたきを動かされたら──」
「心配は要りませんよ、たぶん」
どうしてだか聞き返す前に、クアトははたきを動かし始めた。
一段と動きを大きく。かと思えば小さく。緩急のついたそれは、キトルの中のキトンとしての習性に強く働きかける。
「みゅううう」
戦闘態勢に身構えるメイさんだけれど、その視線ははたきの先の羽に向かっている。
集中してしまっている今、留め輪に襲われたらひとたまりもない。
しかし留め輪は飛ばなかった。
最後に大きく、はたきが左に振られて止まる。と同時に二人を囲う線の外から、声が飛んだ。
「メイ、おやつをあげるにゃ!」
「おやつみゅ!!」
飛び出すメイさんと、留め輪の大群が襲いかかるのも、また同時だった。
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