第324話:二つの力

 全部で何本の留め輪があるのだろう。最初の三本を避けて安心していたら、それを回収する前に次が投げられた。

 メイさんは身軽にそれを避けるものの、これがもっと立て続けに投げてこられると難しいだろう。


鉄環てっかんの弱点は、ある程度の装甲があれば防がれてしまうということです」

「それはまあ──」


 手や指で回転させて投げつけるという使い方である以上は、例えば剣に体重を乗せて威力を増すというようなことが出来ない。

 だから投げた速度と回転する刃による切れ味を防ぐ物があれば、それをどうすることも出来ない。


 でもそれは今のメイさんにとって、全く役立たない話だった。彼女が着ているのは腕や脚がほとんど丸出しの衣服で、生地も布にしては丈夫というだけだ。


「受けることは出来ませんから、避け続けるしかないのでは」

「投げても手元に帰ってくるから、何度でも飛んでくるのにですか?」

「ええと……まあ、確かに」


 勝負を度外視するのであれば、避けるのは簡単だろう。でも今メイさんは、囲われた線の隅に居る。離れて攻撃するクアトからすれば、どこに逃げようとしても動いたあとに追撃出来るのだ。


「危険を冒しても、打ち落としたほうが得策ということですか。でも受け止められるような硬い物なんて──」


 メイさんの全身をあらためて見ても、そんな物はない。精々が金属製のボタンくらいだけれど、それではあまりに小さすぎる。

 指先でようやく支えたボタンで、高速で飛んでくる輪を受け止める。そんなことが出来るなら、その指で摘んだほうが早そうだ。


 ──いや、待て。

 あるじゃないか、硬い物。サバンナさんのそれには及ばなくとも、メイさんにだって岩を砕ける武器が。


「メイさん、爪です! メイさんの爪なら、留め輪を叩き落とせます!」

「みゅみゅ。分かったみゅ!」


 爪を使うと威力が強すぎる。だからメイさんは、よほどのことがないと爪を使わない。でも飛んでくる武器を止めるだけなら、相手の怪我を心配する必要がない。


 にゅっと飛び出た爪を、ボクも久しぶりに見る。トンちゃんの爪はよく研がれた肉切り用の包丁ナイフみたいだけれど、メイさんのは分厚いマチェットのようだ。


「ああ確かにあんたたちの爪なら、こいつで切ることは出来ないかもしれないねえ。物は試しだから、やってみるといいさあ」

「やってみるみゅう」


 挑発的なクアトに、メイさんは楽しそうに答える。それがまた苛とするのだろう。クアトは言葉を続けずに留め輪を放った。


「捕まえるみゅ――みゅっ!?」


 自身の体そのものの爪は、狙いが正確だ。メイさんは飛んでくる留め輪の一本を避けて、二本を止めようとした。

 けれどもそれは、両方とも失敗する。

 いや一本は掴んだし、もう一本も払い落とせるはずだった。でも払おうとしたほうの一本が、爪を貫いて地面に突き刺さった。


「みゅうう――」


 痛むのだろうか。爪が二本ほど欠けたのを、メイさんが眺めて呻く。


「大丈夫ですかメイさん!」

「大丈夫みゅう。でも爪が折れちゃったみゅう」


 良かった、痛みはないようだ。キトルの爪はもちろん爪だから、しばらくすればまた伸びる。だからその心配はしなくて良いようだけれど、でも貫かれるなんて。


「どうしてあんな威力が――?」

「これまでは小手調べ、ということだったようですね」


 それはどういうことかと聞いた。でもミリア隊長の目には、これまでと投げ方が違っていたとしか見えなかったらしい。


「尖ってたにゃ」

「団長。尖ってたって、何です?」


 両手の伸ばした指先同士を付けて、山を示すようなジェスチャーをする団長。ボクが聞いても、その形をミリア隊長にほれほれと見せるだけで説明してくれそうもない。


「――ああもう分かった! あっちへ行け!」


 全力で出された蹴りをひょいと避けて、団長はさっと元の位置へと帰っていった。一応は見届け役みたいなものなんだろうから、真面目に見ていてほしいものだ。


「そんなことがあり得るものかと、最初からその可能性を捨てていましたね小官は」

「どういうことでしょう」

「彼女――クアトでしたか。あの手首か指か、それともその両方が弓の弦にも匹敵する筋力を持っているということですよ」


 つまりミリア隊長の予想はこうだった。

 輪を回転させて投げるのは、薄い板状の形を活かして速度を上げるため。それに回転で切断する力を上げるためだ。

 しかしそれでは障害物を突破する力に欠ける。

 例えばエコが走るのに、一歩一歩をいちいち踏ん張ったりはしないだろう、と。速度に乗れば、地面を滑るように走る。でも急な上り坂や、重い荷物を背負ってそんな走り方は出来ない。


「回転させれば輪の全てが均等に破壊力を持ちますが、それをあえて一点に集中させるように投げたのでしょう。よほどの筋力がなければ、失速してしまうはずなのですけれどね」

「……掃除をすることで、そんな筋肉が付くものでしょうか」


 影たちは自分に身に付いた得意分野を使って、戦っているようだった。オクティアさんは薬や毒をそのまま使うし、パン職人だという人は材料のトリートを使っていた。

 そうであれば、クアトの得意分野は掃除なのだろう。ついさっき、彼女自身が言っていた。「掃除はあたいの生き甲斐さあ」と。


「いえそれは逆でしょう。掃除をしていたらあの筋力を得られた、のではなく。あの筋力を活かす一つの道として、掃除を選んだのかと」


 なるほどと頷くしかなかった。ミリア隊長の言っていることは辻褄が合っているし、真実はクアトしか知らない。ボクがこれ以上にあれこれ予想をしても、意味はないし滑稽なだけだ。


「ええとそれなら、メイさんも同じことが出来るはずですね。彼女なら、クアト以上に筋力が強い」

「いえ、どうでしょう。弓は本体と弦とのバランスが大切です。もっと簡単に言えば、筋力の強い人が必ずしも石を遠くに飛ばせるとは限らないでしょう?」


 ふむ。最重要ではあっても、必要条件の一つに過ぎないということか。

 などとボクたちが考察している間にも、メイさんの傷は増え続けていた。

 致命傷はない。でもそれは、まだクアトが必殺の一撃を放っていないからだと思えた。攻撃の全てに渾身の力を込めることは、体力などの面で非効率であるばかりか相手に読まれやすい。

 握った武器に力を込めるのは打突の一瞬でいいのと同様に、攻撃の機会もまたそうなのだ。


「みゅうう。ちくちく痛いみゅ」

「それじゃああんたも遠慮しないで、かかってくればいいじゃないか。あたいを倒せば終わりなんだからねえ」

「そうだったみゅ! 忘れてたみゅ!」


 攻撃させて、動きを単純化させようと思ったのだろう。クアトの挑発は、また思いもよらない方向に躱された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る