第323話:メイさんの弱点
「みゅみゅうっ!」
メイさんは駆け引きなど何もなく、まっすぐに突っ込んでいく。
このルールで彼女の力があれば、線の外に突き飛ばすのが一番有効だろう。そんなことは考えていないだろうけれど、正解だと思う。
対するクアトは、まず一見して武器を持っていない。これまでに見たクアトの戦い方からすると、少なくとも素手で戦うことを得意としてはいないと思うのだけれど。
と思っているとクアトは腰の辺りをごそごそと探って、両手に何かを握った。
「はたき?」
短い棒切れのようなそれは、正しく掃除に使うはたきだ。鳥の羽を集めた物で、買うとなるとそれなりに高級品だけれど、まあそれはいい。
その長さは精々が彼女の前腕と同じくらいで、この場で武器の代わりに用いるとすればあまりに頼りない──が、前に見たモップは短槍を偽装した物だった。
これも何か仕掛けがあるに違いない。
「さあ、おいでな! みゅうみゅう娘!」
「みゅうううっ!」
クアトはその場を動かずに、凛々しくはたきを突き付ける。メイさんはもちろん遠慮なく、そこへぶつかっていく。
しかし両者の衝突は起こらない。クアトの左手にあるはたきが細かく機敏に動かされて、メイさんはそれに目を奪われた。
「むう。考えたに」
「意外と誰でも思いつくと思いますけど……実際にやる人は初めて見ましたね」
サバンナさんも離れたところから、多少なりと反応している。団長などは自分の目の前にそれがあるように「にゃっ! にゃっ!」と腕を振る。
キトンと同じように、キトルも目の前でちょろちょろと動く物には釣られてしまうのだ。
でもこんなこと、命を賭けた戦闘の場でやる人なんて、普通は居ない。
いくらかそれが続けられたあと、手首の返しが強く効かされてはたきが素早く動いた。羽を束ねた先端が、四角く囲われた隅のほうへと飛ぶ。
狙い通りだろう。メイさんはそれを追って、同じく隅へと走る。
クアトの右手には、もう一本のはたき。左手には先端が飛んで、柄だけになって単なる棒と化した物が残る。
「ん、いや──」
そうではなかった。柄は中空になっているらしくて、中から何やら取り出した。
「みゅう! こっちじゃなかったみゅ!」
獲物は束ねた羽ではなかったと、ようやくメイさんが思い出した。くるりと向きを変えて、クアトを探す。
けれど、遅かった。
「なんて怖ろしい物を出すに……」
クアトの右手には、やはりはたきがある。しかしその格好は、先ほどまでと違う。
先端の羽を取り外しても、そちらは柄と繋がったままだった。
何だろう、鉄線だろうか。腕の何倍も伸ばしても、ある程度しなるだけで曲がったりはしない。
あんな形状では、羽がより生き生きと動いてしまうではないか。
「みゅみゅっ!?」
ああ、案の定だ。まだほとんど動かしてもいないのに、メイさんの目は釘付けになっている。
「メイさん、罠ですよ!」
「分かってるみゅう。でも気になるみゅう」
上に振れば上に。左右に振れば、やはり同じように。メイさんの目と首が、勝手に動く。
またそれが繰り返されて、遂にメイさんの手が羽へと伸びる。
「みゅうっ!」
「かかったねっ!」
クアトの左手から、続けざまに三つ。何かが放たれた。普通に投げたり弾いたりしたのでなく、手首を回すような変わった投げ方をしていた。
「みゅうう!」
それは見事に、衣服のない腕やお腹を捉えて切り裂いた。
いやそれほど深い傷ではない。しかしあれだけ気を取られるように仕向けられて、しかも三つが同時に襲いかかってくるとは。
さすがのメイさんも一つたりと、払うことさえ出来なかった。
「何だ、あれは」
その投げられた何かはぐるりと宙を舞って、クアトのところへと戻る。指で引っ掛けるように回収した彼女は、それをそのままぐるぐると指の先で回した。
「おそらくは、留め輪ですね」
「留め輪?」
「水仕事などをする時に、袖が濡れないように捲るでしょう? それを留めておく物です」
ああ──コラットが使っているのを、見たことがある。掃除道具ではないかもしれないが、掃除をするメイドさんには必需品だろう。
「って。どうしてそんな物で、肉が裂けるんです!?」
危うく納得しかけた。この場での問題は、あの物体の素性ではなく、どういう特性の武器なのかだ。
「推測ですが、
最初から知っていたのかと思えるほどに、ミリア隊長の観察は鋭かった。言われてみれば確かにそんな物だと納得が出来る。
輪投げと同じ要領で、金属製の輪を飛ばす武器。鉄環はこの大陸でも南のほうの人たちが使うらしい。
使い手を見たことはないけれど、その物だけは話の種くらいに仕入れられた物を見たことがあった。
「しかもあれくらいでは、想定した威力ではないようですね」
人のほうにも加えられたその洞察だったけれど、それはミリア隊長でなくとも一目瞭然だった。
「ちいっ! うまく避けやがるねえ、忌々しい!」
苛立ちと、戦うことへの高揚。そんな感情の混じり合ったクアトが、また金属製の留め輪を投げる。
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