第322話:死合う遊戯
がりがりと。拾った枝で、地面に線を引く。
「どうしてこんなことを……」
「もう忘れたのにゃ? メイとクアトの戦う場所にゃ」
「覚えてますけど、そういうことではないです」
あのあと団長やミリア隊長たちも起きてきた。
するとメイさんが食べていたのとは別にきっちり用意してあった朝食が振る舞われて、みんなほとんど抵抗なく食べてしまった。
その中にあっては食べないと言う理由がなくて、ボクも食べてしまったのではあるけれど。
中でも意外だったのは、ミリア隊長だ。
最初こそ様子を見ていたものの、先に食べ始めた団長とメイさん。それに匂いで分かるというフラウが、毒の心配はないと言うと素直に食べ始めた。
「毒でなく普通の食べ物なら、罪はありませんよ」
と言ったのは何となく納得だけれど、それはそれで味なんかはどうでも良いと言っているような。
いやクアトの名誉を守ろうとかは思わないけれど、嘘まで吐く必要もなく、料理はおいしかった。
それから休憩がてらの会話があって、ミリア隊長からオクティアさんの行方を知っているかと質問があった。
「どうだろうねえ、はっきりここだとは知らないけれどね。心当たりがなくはないねえ」
それは絶対に知らないで言っているだろうとボクなどは思ったのだけれど、ミリア隊長の返答は違っていた。
「対価は何だ」
「おや、話が早いねえ。何、難しくもお高い物でもありゃしないさ。そこのみゅうみゅう娘と、ちょいと遊ばせてもらいたいんだよ。そこに命を賭けてもらえばいい」
その情報のためだけに、命を賭けるなんて馬鹿げている。ミリア隊長もそう言って断った。
しかしクアトは「賭けるのは、みゅうみゅう娘の命さあ」と、勘違いさせたことを詫びる。
「誰の命かという話ではない。情報の価値と、誰のであろうが人ひとりの命とが釣り合っていないと言っている」
「おやまあ、残念。するとこのあと、いつどこでだか、こっそり襲うことになるねえ」
このあと。というのが、この席のあと本当にいつのことだかは分からない。ボクたちは今日、カテワルトへの帰路に着くのだけれど、その道中とは限らないのだ。
カテワルトに帰ったあと、日常の生活に戻って不意にかもしれない。
そう思わせておいて、あっさり今晩にでも来るのかもしれない。
暗殺者に狙われるというのは、何とも面倒な話なのだ。
「いや、受けるにゃ」
ミリア隊長でなく、メイさんでもなく、そう言ったのは団長だ。
「おい、ショコラ=ヨーク。勝手に決めるな」
「でも気の進まない条件を受けるんだから、勝負の方法は決めさせてもらうにゃ」
ミリア隊長の文句は黙殺された。クアトも「殺れるんなら何でもいいさあ」と答えたので、それで勝負は成立だ。
メイさんは団長がそうと決めたことに、もちろん異論などない。
団長の言った勝負の方法というのが、この地面に引いている線だ。
ボクたちが引くとぐにゃぐにゃ曲がってしまうのに、フラウはきっちり定規でも使ったかのような線を最初に描いてくれたので、それをなぞっている。
出来上がったのは、一辺の長さがおおよそ二十歩分くらいの正方形だ。
「この中で戦うのにゃ。線の外に足が出たら負けにゃ」
「あん? 面倒なルールを付け足すもんだねえ。でもそれだけだね?」
「そうにゃ。おまいは好きにやればいいにゃ。メイは意味もなく殺し合うなんてやらないから、そのためのルールにゃ」
これを聞いて、メイさんも「面白そうみゅ!」と張り切った。
確かにミリア隊長の見ている前で殺人をすることは回避出来るだろうけど、それで勝ってもクアトが納得しないのではとボクなどは思う。
「ああ、好きに殺らせてもらうさあ」
二人が対面の端に立って、勝負開始の合図をするだけとなってから団長が言った。
「あ。一つ言い忘れてたにゃ」
いやもう全然忘れていない顔だけれど、突っ込まない。あの人の駆け引きに口出しするほど、ボクは口がうまくない。
「メイが勝ったら、あたしからの質問にも答えてもらうにゃ」
「何だい? それじゃあ、あたいがサービスし過ぎになっちまうよ」
不満を口にしたクアトだけれど、その顔はそう言っていない。
何でもいいから、早くやらせろ。殺し合うことが、楽しみで仕方ないんだ──そういう表情だ。
「じゃあ、やめるかにゃ」
「いやあ、もう何でもいいさあ。早く殺ろうじゃないか」
思惑通りに話が運んで、団長はメイさんにも「問題ないかにゃ?」と確認を取る。
「頑張るみゅ!」
敵を威嚇する、アーペの真似だろうか。メイさんは両手を地面に突いて、脚で土を掻いた。
囲われた先から団長も少し離れて「じゃあ合図するにゃ」と予令を示す。そして間もなく──
「始めにゃっ!」
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