第318話:ボクの意味を為すもの
「あなたの家のことを聞いたの」
「…………リマデス卿から?」
フラウになら、もう言えない話ではない。でもやはり、よりによってその話か――とは思う。
ずっと話さないでいるという選択肢はないけれど、最初である必要もなかっただろうに。
これもあの家からの陰謀かと、疑いたくなる。いやボクにそんなことをしても、あちらには何の得もないのだけれど。
「いいえ」
フラウはそっと首を横に振った。
リマデス卿でないとしたら、ボクの素性を知っている人は誰だろうか。
辺境伯家ではないと思う。他に知っている人物が居たのなら、最初に見せた卿の反応はもっと違っていただろう。
ユーニア家が調べたという可能性もあるけれど、これほど短時間に裏付けが取れるようなことにはなっていないと思う。やはりそうと知っている様子もなかったし。
となれば残るは、うちの団員たちだけだ。
ああ見えて、互いの身上を勝手によそへ流すような団員は居ない。すると中でも、候補は一人に絞られた。
団長だ。
いくらかその機会はあっただろうけれど、きっとディアル侯爵家から逃走する時だろうと行き着いた。
「ボクは、あの家の子だそうだよ。自分が生まれるところなんて確認出来ないから、こんな風にしか言えないけれどね」
「本当だったのね。ううん。疑っていたわけではないし、そうだったからって何か変わるわけでもないわ」
あの家の関係者だと騙る人は、跡を絶たないだろう。
それこそ酒場でのもめごとなんかの時には、下手に騎士とか港湾隊の名を出すよりもよほどの効果があるはずだ。
かといって実の子だと言うケースは、多いのだろうか。
関係者というだけなら、邸宅の前を通っただけでも言い張ることは出来る。でも血縁となると、まかり間違って本物かとなった時にはかなりのまずい事態になりそうだ。
「団長さんが言ったの。私とあなたは同類だ、って」
「うん。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まだボクたちは、お互いのことをよく知らないからね」
フラウは静かに目を閉じて、僅かに思慮を巡らせる時間を取った。それからゆっくり目を開けて「そうね」と頷く。
彼女のあれこれを見る機会はあった。でもそれは表面的に見ただけで、ボク自身の体験ではない。
自分がフラウそのもののように見えたこともあったけれど、あれがフラウの感じたそのままなのかは分からない。
だから結局、ボクたちは何もかも質問し合わないと、分からないことだらけだ。
それをどうすれば良いのかも、世間一般の同年代とはまた違うだろう。
だからまたお互いに、何もかも相談し合わなければ。
「私はそれを聞いて、何かが変わるんじゃないかと思ったわ。それがどんなもので、どう変わってほしいのかも分からずに」
「どうだろう。少なくとも、立っている場所は変えられたと思うけど」
あの家の子であることが、フラウに取ってボクを価値のあるものにしたということだろうか。
それはボクに取って、皮肉に過ぎる話だ。
団長がわざわざそのことを告げたのも、そうと予測したからだろう。
フラウがあの家の財産に目が眩んでいるなどとはないと知っているけれど、それがなければ今のこの時間はなかったということか。
「ごめんなさい──」
「え?」
急に謝られて、どうしたのかと戸惑う。ボクの大好きな人が、疲れて元気のない顔にまた悲しみを纏わせる。
「どうしたの? ボクはフラウに謝られるようなことなんて、何もないよ」
「あなたがとても悲しそうな顔をしたから」
悲しい? 苛立つとかではなくて、ボクは悲しんでいたのか。
「あなたの家のことを聞いたのがきっかけなのは確かよ。でもそれだけで、同類なんて言葉を信じたりしないわ」
隣に座ったまま、フラウは両手でボクの袖を取った。
前に感じていたような、貴族然とした上品な振る舞いとは違う。じっとボクの目を見て、懸命に訴えかけていることがはっきり分かった。
「あなたは見ず知らずの私を助けてくれた。それからずっと、私を見守っていてくれた。別の思惑もあったのでしょうけど、何があっても静かに見ていてくれた」
「あ、ええと……」
「ジューニの屋根の上は、暖かかった?」
うわ──ばれていたのか。
しかしまあ、あの影たちと協働していたならそれも仕方がない。フラウ自身の感覚で察知されたのではないと信じておこう。
「まあまあ、かな」
「その積み重ねがあって、私が冷たくあしらったのに、それでもあなたはこんなところまで来てくれた。あなたの家のことなんて、その中のたった一つのことよ」
こんなところ。
それは現実のこの場所ということでなく、戦争にまで巻き込まれたこと。それからまたリマデス卿と対面したことを言っているのだと思う。
ひと月ほども時間を巻き戻せば、知り合ってもいない一人の女性のためによくもまあ。という内容ではあるかもしれない。
でもボクはその瞬間ごとに、必死だった。
必死で彼女を追い、必死で落ち込み、必死で救おうとした。
死んではフラウと一緒に居られなくなるので、そこは言葉の綾だけれども。
「うん、大丈夫。あの家のことを思い出すのはつらいし、なのにそれがボクの持つ意味なのかと思ってしまったけど。でもそんなことは関係ないと分かったよ」
意識して、何とか笑顔を作った。するとフラウも、またぎこちのない笑顔を作る。
瞳にはまだ悲しみが残っていて、どうすれば晴れるかと焦りそうになる。
でもそうじゃない。ボクたちは一つ振り返るたびに、必ずどちらか。或いは二人ともが悲しい思いをする。
それでも語り合うのが、ボクたちなんだと思う。
「聞いてくれるかな、ボクのこと」
「聞かせてほしいわ、あなたのこと」
さあ、何から話そう。
込み入ったことを話す時には、そこにある大枠から話すべきだと団長は言っていた。
ボクを囲んでいる大枠。
今はもちろんミーティアキトノだけれど、昔となるとそれしかない。
「ボクの母は、スーラ=アレクサンド。あの悪名高い、アレクサンド商会の会頭に間違いないよ」
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