第312話:ガレンド王の宣言

 辺境伯の乱の終結が宣言された日。

 その日は先王ガレンドの、正式な退位の日でもあった。


 王城の前の広場に市民が集められ、反乱に関わりのあった貴族もそうでない貴族も集まった。

 まず当人の口から、王位を退くこと。第一王子のフィラムが、新たな王として即位することが告げられた。


 ずっと平穏だった首都やカテワルトで立て続けに起こった動乱だっただけに、市民としてはその説明があるものと思っていただろう。

 ガレンド王は何もかも完璧とはいかなくとも、公平な政治だと評判があった。長年続いていたような小競り合いを、手ずから収めた実績も多い。

 市民からの人気は、かなり高かった。


 それがいきなり、王位継承の話だとは。

 高齢であることもあって、重い病などを誰もが心配した。


「余は、大きな過ちをした。大きな──大きな。たった二人の若者の、道を奪ってしまった。それが此度の戦の原因である」


 ボクも含めて、うちの団員たちもその広場にこっそり行っていた。監視していたミリア隊長の目を盗んでだったので、あとでかなり叱られたが。


 ガレンド先王のその発言で、ざわついていた市民は静まり返った。

 自分たちの国王の話を聞こうと。国王が過ちを明かすなどと、それは相当のことがあったのだと。


「諸君は、十年前に亡くなったユヴァを覚えてくれているだろうか」


 その名が出ると、ある程度以上の年齢の。特に女性が、切なげな息を漏らす。逆に若い市民たちは、それは誰だとつい先日までのボクと同じような反応だった。


「兄と妹。それを見守るべき、親との間に起こった醜い話だ」


 そう前置いて、ガレンド王──正確には既に先王は話し始めた。

 正確に伝えるためか、そうしなければ最後まで話しきる自信がなかったのか。淡々と感情は殺されていた。


 ユヴァ王女は、先王ガレンドの子ではない。しかし王女となったからには、王位継承権が認められる。

 ただそれは形だけのことで、王子やら何やら、何人も居る他の継承者が全滅しなければ順番が回ることはない。

 普通に考えてあり得ないことだ。


 それでも二人の王子、ヴィリスとリンゼは許せなかった。順位が低かろうと、一つの序列の中に森で育った田舎者が紛れ込むなどということは。

 自分たちが第一王子のフィラムを差し置いていることが、逆に妙な自尊心を育んでしまったのかもしれない。


 では王位継承権を失くせば良い。その判断もあって、リマデス辺境伯家との婚姻が急がされた。

 しかし、またもそれが裏目だった。


 辺境伯家は、通常の貴族の序列の外にある。あえてどこに位置するかを言えば、まず伯爵家よりは上位だ。

 侯爵家とであれば、辺境伯家が下になる。ただし礼を失してはならず、同格のように扱うとされている。


 辺境伯家の領地には、まだ十分に治めきれていない地域が多い。文字通りの辺境なのだ。

 だから地図の上では広大な領地を持っていても、それを抑えるための労力は相当に必要となる。

 例えばその一部でも通常の子爵領として下賜すれば、その子爵は瞬く間に資産を失うだろう。その前に命を失う可能性も高いけれども。


 確かに特別扱いではあるけれど、必要に依ってのものだ。王家との古くからの交流もあって、若い王子たちにはそれが専横に見えた。

 だからユヴァ王女を襲った。

 兄に襲われたなど、恥ずかしくて外には漏らせまいと小狡い計算もあった。


「その調べがついた時点で、余はこの場に立つべきであった。しかし余は畏れた。あと一歩となっていた、内紛の終結が伸びることを。右腕であった辺境伯の心が離れることを」


 だから事実を公表することはしなかった。それが友である当時の辺境伯を死なせ、先日の戦いに繋がった。


 そう説明して、先王ガレンドは演説台バルコニーの手すりに手をかけた。

 足元の覚束ない人がそんなことをしてと、周囲は一歩か二歩ほどを駆け出そうとした。しかし幸いに、転落しそうな気配はない。


 先王はその手を震わせて、ふた言を区切って言った。腹の中を全てこそげ出すように、喉から絞り出すように。

 首が前にかくんと倒れて、先王は言った。


「国民よ。すまぬ」


 市民に取って、王位の移動がどの時点で発生しているかなど分からない。それを認識している貴族や役人たちにしても、現役を退いたばかりの先王だ。

 それが平民に許しを乞うた。前代未聞のことだった。


「当然に、最大の被害者はユヴァである。また今生きている中で本当に許しを乞わねばならぬのは、退位した先の辺境伯である」


 これからまだしばらくは、新王に全てを任せるとはいかないだろう。しかしその諸々が終わったあとは、身一つで首都を去る。

 そうして以降、辺境伯の意を汲むために語り合おうと思う。

 先王は、そう締め括った。


 実際にはもう少し色々あったのだけれど、リマデス卿に関わりのある、聞きたい部分はそのくらいだろう。


 誤りのないようにゆっくりと、ここまでをボクは話した。


「奴らはどうしている。馬鹿息子どもは」

「王位継承権を剥奪されて、ジェリスに移動させられたようですよ。直接に話を聞いた騎士たちと顔を合わせるのは、つらかったみたいですね」


 海上要塞ジェリス。重罪人の牢獄も兼ねているそこに、二人の王子は向かった。恩赦が出ているから、投獄ではなく軟禁程度のはずだけれど。


「そうか。潮風に晒したところで、奴らの臭みが抜けるとは思えんがな」


 その結末にどう感じたのか、リマデス卿はそうとしか言わなかった。

 それで良いと言えば許したかのようだし、生温いなどと言えばまた全てがやり直しになる。

 そんなことを気にしたのかどうか、ボクにはそんな風にしか察せなかった。


「ユヴァ王女の鎮魂の催しもあったんですが、聞きますか?」

「誰がそんなことを?」

「誰というか──市民の有志という感じですね」


 それはつまり、市民がユヴァ王女の死を悼んだということだ。今更十年前のことを言われてもな、とはならなかった。

 ボクたちは途中で抜けたのだけれど、即日に行われたのに盛大な催しだった。


「要らん。俺はユヴァの恨みを晴らすために。俺自身の怒りのために動いた。他の人間がどう受け止めるかまでは知らん」


 これも知っている限りを細かく説明する気でいたのだけれど、断られた。

 でもそうと聞いてみれば、リマデス卿ならそう考えるのだろうなと納得だった。


「ではボクがお話出来るのはそれくらいです」

「ああ、話してくれたことには礼を言おう。ご苦労だった」


 人形の体でも、どうやら疲労のようなものはあるらしい。くたびれたと、さっき言っていたし。

 見ていてもそんな雰囲気があったので、これで話を終わりにすべきか聞いてみた。


「ではボクたちは、ここまででいいですか」

「いや待て。もう一つ聞きたいことがある」


 長い話を終えて、窓の向こうは薄暗くなっていた。夏であっても、この辺りの夜は冷える。その気配を感じさせる風が、吹き込み始めていた。

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