第304話:仕込まれた毒

「額冠を盗んだのは、ブラムさまではないですよう」

「ふむ。ではそう言えるということは、あなたかな?」


 ほんわりと緩い笑みに、ミリア隊長の問いは刺さっているのだろうか。現状をどう考えているのか、何も伝わってこない。


「オクティアさんでもないですねえ。お友だちのメイドさんですよう」

「メイド?」


 中身はともかく、オクティアさんも姿は完全にメイドだ。その友だちなのだからメイドは多かろうとは思う。

 でもそう聞いて最初に思い浮かぶのは、クアトだ。


「そのメイドさんもここに?」


 ミリア隊長もクアトを見知っているはずだけれど、想像がついているかは分からない。それをあえて教えるのも、何だか違うと思って名は出さなかった。


「いいええ。今はどこにいるのやらあ、ですよう」

「え、まさか──」


 どうしてオクティアさんが額冠を欲しがるのか。それを考えると、どうしてここに居るのかという話に戻ってしまう。

 聞いていた話では円滑に退職をして来たように思っていたけれど、どうもそこから違うようだ。


「どのまさかでしょうねえ」


 うふふ。と、声を出して笑った。


 やはり表情に変化はなく、新たに得られる情報は何もない。

 でもなぜだか。オクティアさんの中の温度が、どんどんと下がっていくのを感じた。


「ころし……」


 話に割り込んだボクを、ミリア隊長はじっと見ていた。いや別に怒っているのではないと思うけれど。

 しかしクアトの今について、つい先日まで仲間同士だった二人の殺し合いを想像して、言葉をボクは言葉を失くしてしまった。


 そこで彼女はボクへの視線を一旦切って、鼻から息を静かに吐く。

 それからおもむろにまたオクティアさんへと視線を戻し、一言ずつをゆっくりと話す。


「はてさて。あれやら、これやら、事情が多いようですね。ともあれ、あなたが何かを知っている。それだけは間違いないようだ」


 ミリア隊長の左手が、舶刀カトラスの鍔にかかる。まだ抜く構えではないけれど、このすぐ先にそれもあり得ると示している。


「あなたの狙いを教えていただこう」

「駄目ですねえ。油断が過ぎますよう」


 おやつの用意が出来ましたよ。とでも言っているかのように、オクティアさんは言う。

 うっかり聞き流しそうだけれども、その内容は剣呑だ。


 オクティアさんの態度は超然としている。それはいつもなのだけれど、あえて今のように意味有りげな言葉を並べられると、態度のほうにも意味があるのではと考えたくなる。


 壁の向こうに、伏兵でも居るのだろうか。それとも、床が抜ける罠でもあるのか。

 ボクたちが敵対しないまでも味方ではない状況でそんな態度を取るからには、そんな準備でもあるのかと疑ってしまう。


「どういう──ことだろうか」


 同じように考えたらしいミリア隊長は、姿勢を低くして辺りを窺った。いつでも体重移動を行えるように、どこから攻撃されても対応出来るように。


「今から警戒しても遅いですよう。オクティアさんはお薬が大好きなのを、知っているじゃないですかあ」

「まさかっ!?」


 ボクとミリア隊長は同時に、口を手で押さえた。お薬と言ったって、それは毒に違いない。またそうであるなら、さっき飲み食いした物の中に入っていたと考えるのが普通だろう。


「うふふっ」


 また笑った。

 どうしてだろう。これまで見てきた中で、オクティアさんは一番に生き生きとしている。


「心配しなくても、まだ毒は盛られてないにゃ」

「どうしてそう言える」


 ミリア隊長に、驚きはしても慌てふためいているという様子はなかった。

 しかしいくら大陸一のくそ度胸の持ち主でも、既に飲んでしまった毒を無視するには至らなかったようだ。

 まあそれが出来るとしたら度胸があるのではなく、考えがないか諦めたかだろうけれど。


「もう毒を飲んでいたとして、どうしてまだ平気なのにゃ? 効果の遅い毒なのかにゃ? それとも、今から毒を有効にする何かをする気なのかにゃ?」

「──なるほど? あ、いや。当然だ、言われるまでもない」


 どうしても団長とは折り合いたくないようだ。それはそれで、何やら面白くも思えてきたが。


「意味のないはったりは、やめていただこう。時間の無駄だ」

「そうですかあ? お菓子も飲み物も、おいしかったでしょう?」

「おいしかったみゅ! まだ食べたいみゅ!」


 お菓子の話に反応したメイさんは何とかごまかして、先を聞く。何をどうしたのかももちろんだけれど、なぜなのかと。


「オクティアさん、一体何があったんです? 仲間と別れて、子爵も裏切って。それも嘘だったとでも言うんですか」

「いいええ? みんなのことは今も好きですよう。閣下も尊敬してますねえ」


「じゃあどうして──」


 ユーニア家の面々を嫌ってではないと、オクティアさんは否定した。でも裏切ったことは否定しなかった。

 それも嘘なのかもしれないけれど、そこで一層に優しく彼女は微笑む。


「そんなことより、毒はいいんですかあ?」

「それははったりだ。小官たちは、誰も毒など口にしていない」

「おやあ? 食べ物に仕込んだなんて、誰か言いましたかあ?」


 不思議そうに言って、彼女は床から何かを摘み上げた。

 それは糸。持ち上げてこそ見えもするけれど、絨毯の上を走っていては見分けることなど出来はしない。


「これを引くと、どうなるんでしたでしょうかあ」


 また韜晦しているけれど、それでどうなるのか想像出来ない人など居るはずもない。

 オクティアさんとは違っているけれど、やはり表情を変えないミリア隊長にも緊張の色は隠せなかった。

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