第301話:お花畑の拾い物

「関わった集落は全滅させられているようですが、それだけに貴重なレリクタの遺物なわけです。それに曲がりなりにも管理していた方の知識そのものでもある」

「つまり。その技術を背景にして、ユーニア子爵は力を得ようとしていると? そのためには、独自の領地も必要ということですか」


 辻褄は合っている。でも何も証拠はない。


「ええ、そうですね。全ては小官の想像ですが」


 まずは額冠がどうなったのか。それを確かめる以外に、出来ることもない。どこをどう探せばいいものやら、それも見当がつかない。

 お手上げに近い、と。

 その通り両手を軽く上げて、ミリア隊長は自嘲した。


「そういうことなら、あたしたちが手伝うかにゃ?」


 いつの間にやら、団長はミリア隊長のすぐ傍まで歩み寄っていた。

 彼女も気付いてはいたのだろう。驚いた様子はない。


「手を出すつもりはないと、さっき言ったばかりだろうが」

「あたしが欲しいと言ってるんじゃないにゃ。あくまで見つけるお手伝いにゃ」

「信用出来るものか。そうだったとしても、盗っ人と協力など出来ん」


 拍子抜けという顔で「ありゃ、信用ないのにゃ」と団長は言う。

 別にどちらの肩を持つ気もないけれど、信用されないのは仕方ないと思う。


「じゃああたしが手に入れてミーちゃんに渡してあげるから、どんな物だか一度試させてくれるっていうのはどうにゃ?」

「はあ? そんなことをしたら、お前のところは解散だろうが」

「そこは大丈夫にゃ。約束を破らずにミーちゃんに渡してあげられたら、一回だけ使わせてほしいにゃ」


 使うと言ったってリマデス卿の記憶が詰まっているだけの物を、何に使うつもりだか。

 被ってみるなんていうのは論外だし、でもそうしなければただの額冠に過ぎない。

 それにだいいち、どこにも探しに行くことなく探し出すなんて出来るはずがない。


「また、わけの分からんことを。そんなことが出来るなら、多少の希望くらいは聞いてやらんでもない。しかし出来るはずが──」


 ボクと同じ結論を言おうとしたミリア隊長の唇を、団長の指がそっと押さえる。なぜだか顔を赤くした彼女が次の言葉を吐く前に、団長は悪戯好きの笑みを満面に示した。


「約束したにゃ?」


 押しの強いその言葉に、ミリア隊長は否定も肯定も返さない。戸惑っているのだろうけれど、団長はその沈黙を肯定と受け取ることにしたようだ。


「話が決まったら、見てみるにゃ。あれは何かにゃ?」


 話が決まったなら見ろ、と。団長は、親指を立てて指す。

 その交渉にミリア隊長が乗るのか否かも気になるけれど、従う必要のないボクは素直にそちらへ視線を送った。


「みゅみゅう」


 その方向には、さっきからずっとメイさんが座っている。団長が離れてしまって退屈しているのかと思いきや、意外と機嫌よくしているみたいだ。


「みゅっみゅっ」


 ボクが見ていることは気に留めていないらしく、何か椅子の上にころころと転がして手遊びをしている。

 僅かに聞こえる座面との摩擦音は、硬い──そう、金属製のようだった。

 形は円を描いていて、ちょうど頭に載せられる大きさの。


「それだ!」

「みゅみゅうっ!?」


 突然発せられたミリア隊長の大声に、メイさんは飛び上がって驚いた。


「みゅみゅ!? メイは良い子みゅ!」


 無意識だろうけれど、持っていた額冠を胸にぎゅっと抱く。

 奪われまいと庇っているようにも見えるけれど、ミリア隊長はそこで勘違いをする人ではない。


「ショコラ、貴様が持っていたのか!」

「勘違いしないでほしいにゃ。あたしも、さっき見つけたばかりにゃ」

「さっき?」

「お花畑に落ちてたにゃ」


 キトンが顔を洗うように腕を動かし、団長は「にゃん」と首を傾げる。

 美人が可愛い仕草をするなんて反則だと思うのだけれど、ミリア隊長はむしろ当然のようにそれには構わない。


「お花──どういうことでしょうか、リマデス卿。ことと次第に依っては、あなたを拘束しなければならない」


 リマデス卿が額冠を取り戻したのだとすれば、それがいつであろうと恩赦が発せられたあとだ。であれば例えリマデス卿の持ち物であっても、国が預っている物を勝手に取ればそれは窃盗だ。

 ミリア隊長の職務として、捕縛する対象となる。


「さてな」


 どうなんだ? そんな答えでは……。


 リマデス卿に、驚いた様子はない。かといって、ばれてしまったと焦るような様子もない。一言で済まされた言葉からは、盗んだのか盗まないのか、全く判別することが出来なかった。


 答えを迫るように、ミリア隊長は一歩を卿に向かって踏み出した。するとずっと脇に控えていたオクティアさんが、すすとリマデス卿の隣に進む。


「ブラムさまへの無礼は、許しませんよう」


 まだ笑みを崩していない表情が、却って彼女の強固な姿勢を物語っているようだった。

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