第300話:ユーニア家の財布
「あれこれと腐心した割に、結局のところ子爵の得はそれほどありません。恐らくは今回の反乱で除名となる、どこかの領地を貰うのでしょうが」
ユーニア子爵本人やヌラ辺りから、直接にそうと聞いたわけじゃない。
でもどうやら彼らは影の部隊なんかの裏工作は隠蔽して、表立った功績を欲しているようだった。
今のところはそれも成功していて、状況が落ち着けば報奨もあるだろう。紆余曲折はあったものの、序盤から最後まで辺境伯軍を牽制し続けたのは大きいのだろうと思う。
それに何よりリマデス辺境伯と直接に対決して、取り押さえたのはあの全身鎧の戦士とヌラだ。
「除名? 恩赦で罪はなくなるのでは」
「罪と責任は別ですよ。仮に、本当に何も不利益がなかったとしましょう。それでも今回の反乱に加担した貴族と、それ以外の貴族が仲良く出来ると思いますか?」
「そうですね──」
それは確かにそうだろう。本気で縁を切ることを前提に喧嘩をした相手と仮に仲直りをしたとして、それはまたすぐに破綻する。
そんなことは子どもでも分かる。でもボクには経験がなくて、言われてなるほどと納得した。
「でも領地をもらえるなら、いいことなんじゃないです?」
「もちろんいいことです。けれども子爵の払った犠牲に対しては、小さすぎると思うのですよ」
「そうなんです? あちらの被害は全然知りませんが、そんなになんですか」
影の部隊でも幹部的な扱いの、ウナムやクアトたち以外。
その幹部的な人たちも、少なくともセフテムさんやノーベンという人が死んでいる。
そもそも総勢を知らないので、割合としてもどうなのか分からない。でもあれだけの戦闘でずっと戦い続けていれば、それくらいの被害はあって当然とも思える。
一般の隊員もたくさん死んでいるだろうけれど、それ以上の被害を受けた隊は他にもある。
「アビスくん。君はどこかで、給金をもらって働いたことがありますか?」
「いえ? ありませんけど」
「ふむ。それなら想像で構いません。君はこれから急に、一万エアを稼がなければならなくなった。どうします?」
どうした突然。それはまあ何か説明するための、例え話だとは分かるけれども。
一万エアというと、かなりの大金だ。アッシさんの店で買ったこのナイフなら六百本以上が買えてしまうし、田舎の町ならそれなりに大きな家を建てることも出来る。
それを急に稼ぐ? しかも、どこかに勤めて?
働いた経験はなくても、カテワルトで概ねどれくらいの賃金が払われているかくらいは知っている。
「そりゃあ──なるべく給金のいいところを探しますけど、急に稼ぐなんて無理ですよ」
「そうですね、小官もそう思います」
おや、正解だったのか。別に謎かけではないのだし、ミリア隊長はあっさりと言った。
「では。君がたくさんの宿屋やら飲食店やらを束ねる、経営者だったらどうです?」
「それは──それなら、一時的に無理をすればなんとかなるでしょう。最悪は店をいくつか手放す手もあります」
「そうですね、同意します」
ううん? この話とユーニア子爵と、どう繋がるんだ。
「貴族というのは、領地という稼ぎ場所を持った経営者です。しかしユーニア子爵には領地がない」
「え……子爵なのに、です?」
「そうです。だから兵士を千人失ったとして、それは他の貴族と同じ損害ではないのですよ」
ユーニア隊も、最初は数千人が居たはずだ。でも最後には百人とか二百人とか、そんな数になっていた。ワシツ将軍と同じくらいの損害で、同じく壊滅したと言って過言ではない。
でも将軍は国王の兵士を預っている立場だと聞いた。ということはその再編成も、国王の名前で出来るのだろう。
対してユーニア子爵の兵士たちは、普通に登用した私兵だと言っていた。
首都を守るという公の役目があるのだから、国に何とかしてもらえるのかとも思えるけれど。ミリア隊長の言い方だと、違うらしい。
「あ、でも。じゃあやっぱり領地を貰えるなら、大きいじゃないですか。経営者ですよ」
「領地から得られる収入は、早くても次の雪解けですよ?」
そうか……ハウジアの税徴収は、基本的に冬が明けてから行われる。しかし警備隊の再編を、それまで待っているわけにはいかない。
あの子爵のことだから実際にはその準備もしているのだろうけれど、大っぴらにそれを使うことも出来ない。
その準備にしたって、財政をどうにかやひくりして捻り出したのだろう。
「そうですね。何かもっと大きな目的がないと、割に合わないかもしれません。何もないなら、ボクであればなるべく被害を受けまいとします」
「でしょう? だからその領地以外に、得られるものがある。若しくは、得られるようにまだ画策している──のではとね。そう考えると、やはりレリクタの存在は肝になりそうです」
ミリア隊長の話はかなりの部分で納得が出来るし、真実に近いところがたくさんあるのだと思う。
でも、そうだろうか?
ユーニア子爵と、その配下たちの戦い方。それはボクたちに対しての行動もそうだったけれど、徹底している。
リマデス卿はユヴァさんの不名誉に対する怒りを原動力にして、非道も正道とばかりに戦った。
あの戦争を目の当たりにした人は、その尋常でない勢いに少なからず慄いたはずだ。
この怒気はどこから来るのかと、事情を聞いていなくても考えたはずだ。
ユーニア子爵にも、何かそれに似たようなものがあるような気がする。
リマデス卿がしたよりももっと深淵で、密やかに忍び寄るような計画があって、それを着実に遂行している。
そんな気がした。
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