第299話:子爵の計略
「ユーニア子爵──」
リマデス卿はその名を何度か呟いて、記憶を探っているようだった。
「記憶がありますか?」
「覚えてはいる。名前はな」
名前は覚えている。つまりそれ以外は覚えていない。
いや正確には名前以外に分かることもあるのだろうけれど、さっきの話に関わるようなことまでは分からない。そういうことだ。
「やはりそうですか……」
「こちらにも、多少の記憶はあるのだがな。込み入ったこととなると、急に壁に塞がれたようになる」
全てを明らかにしろと迫ったリマデス卿だ。ここに及んで、自分のことは隠すなどとはしないだろう。
いやしかしそれならどうして、ここに来る前に事実を明らかにしておかなかったんだ。
ミリア隊長が言っていたように、細かな手法が追々になるのは仕方ない。でも一連の流れと、そこに関わった名前くらいはすぐに聞くべきじゃないのか。
「聞きましたよ。王城で、然るべき人物が」
質問の答えは簡潔だった。
伏せ気味の目と硬直したような顔は、そこに表情を見せまいとする彼女の意地なのだろう。
罪を犯した者を捕らえることを誇りとするミリア隊長には、その事実をうやむやにされることが許せない。
これはボクの想像だけれど、きっと間違いないと思う。
「じゃあ、どうして」
「プロキス侯爵直々の監督下で、尋問を行ったのがユーニア子爵だから。と言えば、全て分かるでしょう」
なるほどそれは、その事実が出てくるはずがない。一旦はそれでお茶を濁しておいて、詳細を調査される前に額冠を盗ませたのか。
あれ? でも子爵は、首都の警備隊を統括しているだけじゃないのか。どうしてそんな重要な役を担ったんだろう。
「尋問役は、戦争の功労者だからとかです?」
「それもあるかもしれませんが、主たる理由は違います」
言葉を続けるのに、ミリア隊長の柔らかそうな唇が、悔しそうに一度噛まれた。
「首都やカテワルトを含む、王家直轄領の治安責任者はボナス伯爵です。反乱の迎撃態勢が遅れたことを発端に、諸々の責任を取って謹慎されているのですよ」
「ボナス──ああ、あの人ですか。治安を任された人が対応に遅れたりしたら、そりゃあ怒られますよね」
警備隊ももちろん治安維持のためにあるのだから、そこからいくらか辿ればユーニア子爵の出番が来るのだろう。
それは分かる。でもそれは偶然だ。治安担当者の準備が遅れることを期待しての計画なんて、馬鹿げている。
「たまたまってことですか──」
そう聞いてから、それではミリア隊長は何を悔しがっているのかと気が付いた。
ユーニア子爵が、自分の悪事を露見させないように計画したことが上手くいっている。そこに対してのはずなのに。
「いえ、忘れたんですか? あなたの大切な人が、どこで攫われたのか」
「それは首都ですけど…………あっ」
そうか。フラウを取り返す相手は、リマデス辺境伯と考えていたからうっかりしていた。
首都を襲撃したのは、ユーニア子爵配下の影の部隊。それに対応したのも、ユーニア子爵の警備隊だった。でも取り纏めはボナス伯爵だと確かに言っていた。
王国始まって以来の重大事件で、しかもあれほど大規模だったとなれば処理が終わっていようはずもない。
犯人はどこから侵入して、どこから逃走したのか。使われた資材はどうやって運ばれて、どこに保管されていたのか。協力者は居なかったのか。
きっと伯爵は私兵を使って、首都のあちこちをまだ調査していたはずだ。
「周到ですね」
「ええ。その犯人役はあなたたちに押し付けるつもりだったようですが、そこは失敗していますけれどね」
ああ……。
それは盗賊団の看板を掲げているのに、表立って王軍と協力するとか予想出来ないだろう。
その話を実際に取り付けた団長だって、あの場で思い付いたに違いないのだから。
「でもそれじゃあ、やっぱり額冠はもう」
「ええ、その可能性は非常に高いです。しかし港湾隊の誇りにかけて、例え溶かされたひと雫であっても見つけ出します」
誓いめいた言葉は、ボクに向かって言っていながら実はそうでないようだった。
リマデス卿が反乱を起こしたとか何とか一旦忘れるとすれば、個人の持ち物を預けていたのに盗まれてしまった被害者だ。
彼女はそこに、差別や区別をする人ではない。罰するべきは罰されて、助けるべきは助けたいと考えている。
そんな考え方が、一緒に居るうちにかなり分かるようになった。
「可能性が高いと言ったのに反しますが、実は破壊していない可能性も高いと思っています。つまりは五分五分ということです」
「どうしてです?」
「ユーニア子爵個人の考え方は知りませんが、利用出来るものを無駄にしない方だと考えています」
うんまあ確かに。寡黙で冷たい印象ばかりが目立つけれど、やってきたことを踏まえるとそうかもしれない。
その印象通りとも言えるけれども。
「レリクタ──ですか。そこの出身者をかなり登用しているようですし、その技術なのでしょう?」
額冠を作ったのは誰か。
その物が存在しているのだから、その人物も必ず存在している。でもきっとそれは、リマデス卿ではない。
順に考えれば当たり前の話だけれど、ボクはそんなことを全く思いもしなかった。
その問いにやはりリマデス卿は、頷きで返す。
「ああ、そうだ」
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