第298話:ミリア隊長の推理

「ただいまにゃん」


 ノックもなく、するりと戻ってきた団長をミリア隊長が睨む。団長はいつものように微笑んだまま、


「おや、ミーちゃんのお話を邪魔しちゃったかにゃ? ごめんにゃ」


と、口だけは謝罪を示した。


「やかましい。その呼び方をやめろ」


 団長はにゃにゃんと笑って、メイさんの座っている椅子の隣に腰を下ろす。長い脚をさっと組んで、腕にはメイさんがすかさずじゃれついた。

 邪魔をする気はないから続きをどうぞという態度なのだろうけれど、やはりミリア隊長に対しては若干のからかうような空気が付いて回る。


「しかしまあ──今回に限っては、貴様に感謝してやってもいい」

「にゃん?」


 いうほど本気でもなかったようだけれど、それでも滲ませていた怒気が急に引っ込められた。


 何だ、どうした。

 ミーティアキトノを宿敵のように思い、団長とは相容れることのない仲。今はたまたまこうやって同じ場所に集っているけれど、明日にだって同じようにしているかは分からない。

 そんなミリア隊長が、団長に感謝だって?


「ああ──いや、やはり違うな。感謝はアビスくん個人にするとしよう」

「にゃっ」


 これから何か、大袈裟なリアクションでもしようと思ったのだろう。団長ががくっと力の抜けた顔で、立ち上がった椅子に座り直す。


「君が小官を連れ回してくれたおかげで、額冠の行方に想像が付きましたよ」

「ええ? 何かしましたっけ」

「いや、特に何も」


 今度はボクが、がくりとなった。

 何だ。ミリア隊長はどうしたんだ。そんなにおふざけを楽しんでやる人ではなかったと思うが。


「いやいや、失礼。君が意識して何かしたのではない、と言ったんです。君と一緒に行動したからこそ、見ることの出来た風景。聞くことの出来た風の声があった──ということです」

「全然分かりませんけど……」


 彼女が情緒的に話すなんて、初めて聞いた気がする。

 人がそれまでと違う、急な何かをした時には必ず理由がある。

 これもまた団長に教わったことだけれど、そうと知っていてもそれが具体的に何なのか知る術がない。

 盗品を見つける当てがあったと喜んで、気分が盛り上がってでもいるのだろうか。


「リマデス卿。部外者の小官ですが、質問しても良いでしょうか」

「構わん」


 戸惑うボクたちを置いて、ミリア隊長はリマデス卿に顔を向けた。


 え、まさかここに?

 そう考えてしまうと、無闇矢鱈に周囲を見回してしまう。あるにしたって、そんな目につくような場所へ置くはずがないと分かっていても。


「心配せずとも、俺が隠している落ちはない。誰かを雇って盗ませた、というのも含めてな」


 それを聞いて、そうかそれならオクティアさんがここに居るのも合点がいく、と思った。

 でもいくら辻褄が合おうと、同時にその可能性を否定されているのでは意味がない。

 もちろん卿の言い分を信用するならだけれど、今の卿はそんな意味のない嘘を吐かないと思う。


「いえ、あなたを疑ってはいません。申し遅れましたが、小官こと栄光ある第六軍は港湾隊の、ミリア=エルダと申します。ただ今は人事の最中にて、役はありません」

「ああ、ちらと見たような気がする。女だてらに勇ましい姿をな」


 リマデス卿はボクが勝手に騎士扱いしているだけで、実際には何の身分もない。

 たぶん辺境伯位を取られただけで、どこの街の市民権ももらっていないだろうから、平民以下と言ったっていい。


 ミリア隊長はそんな卿に、礼を示してくれた。ボクへの義理立てなのか、つい数日前まで大貴族だった人への畏敬なのか。

 どちらにせよ、尊敬すべき人だと思う。


「質問は一つです。あの額冠にはあなたの意識が宿っているそうですが、ただ額冠として保管していても自我があるのでしょうか」

「いや、ない。このひと形に被るか、誰かの体を乗っ取るかしなければ目覚めない。そうしない限り、俺にも単なる額冠にしか見えん」


 なるほどそれは考えていなかったけれど、確かに気になる。

 となるともう一つ気になるのは額冠の意識が目覚めている時に、今のこの体のほうがどうなっているのかだ。

 前にクインの背中にあるのを見た時には、ただの人形のようにぐったりしていたからそういうことなのだろうか。


 って、人形がぐったりって何だ。

 卿の今の肉体は作り物で、でもだからとこれは卿でないとも言えなくて、わけが分からなくなってくる。


「ふむ──となると、今も無事かは分からないのですね」

「全く分からん」

「了解しました。今は小官の推測に過ぎませんが、必ずや発見してお返し致します」


 姿勢を正して明言するミリア隊長に、リマデス卿はちょっと眩しそうに、苦笑いのような表情を見せた。

 それで返事も「ああ、分かった」と、それほど期待していないような感じがした。


 疲れているのかな。あの体で、疲労の蓄積がどうなっているのかとも思うけれど。


「結局、額冠はどこにあるにゃ?」

「どうしてお前に教えないといけないんだ、ショコラ=ヨーク」

「そんな冷たいことを言うものじゃないにゃ。ミーちゃんとあたしの仲にゃ」


 真面目に話しているのに、のほほんと座ったままの団長にそんなことを言われたら腹が立つ。というのは分からないでもない。

 というか、それが普通だろう。


「どんな仲だ。お前に教える義理も理由もない」

「おやあ。そんなことを言って、本当は分かってないにゃん?」

「──どうして小官が、そんな見栄を張らねばならんのだ」


 リマデス卿の前だからと遠慮しているのか、ミリア隊長は怒鳴りつけたいのを我慢しているらしい。

 憎々しく歯噛みしながら言っているので、あまり意味はないけれども。


「心配しなくても、額冠に興味はないにゃ。どこに行ったか不思議なだけにゃ」

「信用出来るか。聞いたその足で盗みに行かれては堪らんからな。小官は貴様らの監視の任務と、一辺に二つも失態を晒す羽目になる」


 うん、正しい。団長がこうやって興味を示した以上は、そのあとどうするかは別にして一度は手に入れたいのだ。

 それがフラウを目覚めさせるのにも役立たないと分かって、今更どうしたいのか見当もつかないが。


 ああ──人の意識が封じられた道具なんて珍しいから、単に欲しいだけなのかな。


「大丈夫にゃ。信用してほしいにゃ」


 手をぱたぱたと煽いで、団長は言う。その動作が、ますますミリア隊長の機嫌を損ねていっているのは──知っているだろうな。


「そうだにゃあ……」


 顎に指を当てて、団長は思案の顔を見せた。もちろん、本当に何か考えているとも限らない。


「じゃあ、その話を聞いてどこかに盗みに行ったって分かったら、うちの団を解散するにゃ」

「──それも嘘だったとは聞かんぞ」


 団長は嘘を吐く。かなりの頻度で。

 でも後々に「あの時、こう言ったじゃないか」と言われて恥ずかしくなるような嘘は言わない。

 盗賊の名誉にかけて、というのも何だかおかしな表現だけれど、そんな気持ちがあるのかもしれない。


「リマデス卿の知識。記憶が確かになって困る人物は、一人しか居ない」


 ミリア隊長が団長を嫌っているのは本心だろうけれど、それだけに理解の深い部分もある。

 そこのところで判断したのだろう。そこまで言うならと、渋々という態度を崩さず言った。


「ユーニア子爵だ」

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