第297話:額冠の行方
部屋の隅にあった小さなチェストに、彼女はもたれている。そこから動くことはせず、
「君には説明の必要もないでしょうけれどね」
それでも今の首都の動きについて、ミリア隊長はそう前置いて教えてくれる。
大枠で知っていることは色々ありはするけれど、それら全てを理解しているかといえば怪しい。
だからこそ、リマデス卿がこんなところに居るのも知らなかったのだと思うし。
「知っての通り、戦闘の終わった当日から更に翌日。先王ガレンドさまは、国王を退かれました。
次の国王には予定通りにフィラム王子が指名され、現国王陛下となられました。
これを祝し、ガレンドさまは国王としての最後の仕事として恩赦を発せられました。
これが──アビスくん。君の企みによるものです」
そうだ。ボクが考えて、ワシツ将軍に頼んだ。まさか国王が直々に、どういうつもりかみたいなことを聞いてくるとは思わなかったけれど。
「全ての国民への恩赦。つまり辺境伯の位を剥奪されたとはいえ、リマデス卿にもそれは適用される。
だから反乱を起こした事実だけが残り、その罪状は消滅する。
そうすれば国王であっても、リマデス卿を罰することが出来ない。ついでにエリアシアス男爵夫人の罪もなくなる。うまく考えたと言いたいところですが、やはり君が今生きているのは、幸運だったとしか言いようがありませんよ」
そうだろう。ワシツ将軍にこの話を持ちかけた時、考えたのはそなたかと国王に聞かれた時。
ふざけたことを言うなと、首を切り落とされていたって全く不思議はない。
「まあそれがたまたまうまくいって、リマデス卿は残された時間をここで過ごすことになったわけです。
まだ事後処理があるようですが、片付いたらガレンドさまもこちらに住まわれるそうですよ」
そうなのか、それは知らなかった。国王だったことの後始末がなくなって、余生を送る場所に反乱の当事者を置く。それはどんな心持ちなのだろう。
まさかよくもやってくれたなと、仕返しをするのはあり得ない。
ボクが先王の立場だったらどうするかな──。
やはり傍に居させる意味を考えるなら、話をするだろうか。
仲良くなどとは言わないけれど、お互いが何を感じたのか、それをゆっくりすり合わせていくのがいいかもしれない。
まずは同じ席で会話出来るようになるのが関門かもしれないけれど。
「さて前置きはここまでで、額冠ですが。罪を問わないとはなっても、全貌は把握しておく必要があります」
「ああ──それはそうでしょうね」
理由はどうあれ、これだけ大規模な反乱が起こせてしまったことは反省しなければならないのだろう。
あれだけの兵力をずっと維持して。長年の計画だったのだろうに、それが露見していない。
治安を担当する人たちには、これからどう対策するか頭が痛いはずだ。
「ですからガレンドさまがこちらへお出での折に、運ばれる予定でした。既に大まかなことは聞いているようですが、具体的な手法を知る必要がありますからね」
なるほど。先王に気持ちをほぐさせて、話しやすくなったところを聞き出すわけだ。うまいやり方と言うべきか、抜け目がなくて厭らしいと言うべきか。
それはボクが口出しするところではないけれど、今のミリア隊長の発言には重要な部分があった。
「運ぶ予定、だった。と言いました?」
「そうです。炉に入れて溶かすという話ではありません。もちろん今も」
ここへ持ってくる予定が出来なくなって、その物を破壊する計画もない。
となると残るは──。
「リマデス卿の額冠は、何者かに盗まれました」
ミリア隊長の視線が、サバンナさんとメイさんに向けられる。どうにも団員として認めていない部分があるのか、彼女はその目をボクには向けない。
「……うちじゃないですよ」
多少おどおどしながら言ったボクに、彼女はあっさり「そうでしょうね」と言った。
いかにも、からかっただけだというように小さく笑って。
「あなた方がやるなら、もっと派手にやる。盗んだことを悟られないように、盗まれたことが数日判明しないなんてことはあり得ない」
「ああ──ええっと、よく分かっていただいていて」
「褒めてはいませんよ」
若干の冷たい目で一瞥したあと「ただし」と言葉が継がれた。
「そう言っているのは、港湾隊の人間だけです。プロキス侯爵などは、すぐにあなたがたを全員捕まえろと怒鳴り散らしているそうです」
「あはは……怖いですね。でもそうすると、額冠はどこにいったんでしょう」
肩を竦めて「それが分かれば苦労はしません」と彼女は言った。
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