第292話:糾弾
しばらくの沈黙のあと、より一層に熱量の減った目を向けて、リマデス卿は言った。
「何故だろうな――筋が通っていないなどと言われたところで、知ったことかと言っても良かったはずだが。どうしてだか、何を言うのか気になってしまった」
「さあ。それをボクに聞かれましても」
卿は鼻で笑う。だから真面目に答えるな、と。笑って細くなった視線が一旦切られて、卿は後ろにあった椅子に座る。
「立ち話も疲れた。お前たちも適当に座れ」
言われた通り、ボクたちは思い思いに位置を決めた。
ボクは座板の丸い小さな椅子を持ってきて、卿の正面に座った。卿の椅子は高級そうなしっかりした作りで、その体格を受け止めるにも余裕がある。
その対比があって尚、今のリマデス卿には圧力を感じない。
枝に付いたまま収穫されなかった、果実みたいだ。
唐突にそんなイメージが頭を過った。
人やその他の動物に食われることなく、最後まで枝に残ったたった一つ。果肉はそこにあって、丸々と熟れていたことは容易に想像がつく。
けれどももう、誰が見向きすることもない。いつか下に落ちて、土に還るのを待つばかり……。
「あなたはどうして、フラウを巻き込んだんです」
「巻き込んだ?」
朽ちていく空気を感じて、ボクまで同じだと思いかけてしまった。それを振り切るために、話の順序なんてすっ飛ばして言う。
その質問の意味を測りかねてはいるようだけれど、卿は段取りみたいなものには構っていないようだ。
「王とか貴族とか、偉い人がどうして戦うのか。騎士や兵士たちの命をかけてまで、どうしたいのかボクには分かりません」
「ほう?」
「命令されたからと、名誉とか報酬とかのために自分の命をかけることも理解出来ません。普段の生活から、偉い人の言うなりにし続けるなんてまっぴらです」
言いたいことに対して今度は順序良く話しているつもりなのだけれど、話の向きが変わったようには聞こえるだろう。
別にそれで翻弄する気はない。思うままに言おうと思ったら、そうなっただけだ。
「でも、みんな望んでそうしているんでしょう。そこにとやかく言うつもりはありません」
ハウジアに、募兵はあっても徴兵はない。
生まれた家によって行き掛かりなんかはあるだろうけれど、最終的な判断は自分でしているはずだ。それが諦めであったとしても。
何にでも例外というのは付き物なので、もしかするとボクには想像もつかない事情でそうなった人も居るかもしれない。
だとしてもそれはその人の事情で、リマデス辺境伯がそうさせたわけじゃない。
「でもフラウは違うでしょう」
「ああ──」
「フラウが居たのは、あなたの家の息がかかった施設です。そこであなたはフラウを見初め、自分のいいように作り上げ、利用した」
何を言いたいのか、何となくは察したのだろう。でもボクはボクの口から、はっきり言わなければいけないと思った。
誰かのためになんて、独りよがりもいいところの発言だけれどそれでもいい。
大好きなフラウのために、ボクはそうしてあげたかった。
いや。フラウ自身が言うなと言ったとしても、言わずにいられなかった。
「ふん。想像で語るな」
ばれた。
これまで見聞きしたことから、そうに違いないと確信してはいたけれど、確証はない。
「しかしほとんど間違ってもいない。違うのは、俺の家の息がかかっているという部分だけだ」
「惜しかったですね」
「少しは悪びれろ。思ったより──いや、あのしつこさなら納得か」
図々しさとかふてぶてしさみたいなものでは、団長たちにとても敵わない。でも今この時だけを話す相手なら、割れている弱点も少ない。
ええその通りに想像ですが、間違っていないならいいでしょう。という顔を必死に作る。
「あれは息のかかった場所ではなく、リマデス家が代々受け継いで作ったものだ」
「──フラウはそこで生まれたんです?」
「それは知らん。だがまあ覚えている記憶は、あそこが最初だろう。どこで生まれていようが大差ない」
その発言にも異論はある。その言い分は腹立たしいなんてものではない。が、それを言い出すと話が逸れてしまう。
「──そうですか。だとしても、どうしてフラウを道具にしてしまったんですか。他の誰かなら良かったとも言えないですけど──どうしてフラウを」
「説明が必要か? 俺は復讐のために、どんなことでもした。その中の一つだ。許せとは言わんし開き直る気もないが、意味の通らん話ではあるまい」
それは分かる。分かっている。でもそういうことじゃない。
「同類に堕ちても、ですか」
「同類? あの二人のか」
ヴィリス王子とリンゼ王子。相手の意思を無視──どころか、最初から考慮する気もなく。自分の欲求に従うことを相手に強制する。
全く同じだ。
「まさか、汚い手段を使う相手に仕返しするにも、正々堂々とやれ。などと言う気か? 自分が同じことをやっていては、同じ被害者を増やすだけだ、か?」
もちろんそうだ。それを良しとしていたら、社会なんて成り立たない。そんな人がたくさん居ることを否定しないけれど、淘汰される対象でなければ間違っている。
「言いたいようだな」
卿は何で出来ているのか見ただけでは分からない体を動かして、椅子に深く座り直した。
腕掛けに左の肘を突き、その手で側頭を押さえて、つまらなそうな顔を浮かべる。
「お前も理解していると思ったが──もう一度言おう。俺は復讐のためならば、生きた人間の誰がどうなろうと構わん。そこに例外はない」
戦場での気迫が、僅かばかり戻ったようだった。火種に近付けた藁が、一瞬燃え上がるくらいの儚いものだったけれど。
普段のボクなら、それでも怯んだだろう。
でも今は、そうならなかった。なっていたかもしれないけど、無視を決め込んだ。
「ええ、それはよく分かりますよ。憎しみに駆られれば、誰だってそんな風になると思います」
「あん? お前は一体、何を──」
さっき言ったことを、すぐに翻した。と受け取ったに違いない、卿の苦情は受け付けない。
「ボクが言いたいのは、そんなことじゃない」
卿の訝しげな眼光に煽られて、決心が鈍りかける。
落ち着け、平静を装え。
勢いをつけるための溜めのように、わざとらしく息を吸い込む。
椅子から立ち上がって、人さし指を突き付けた。
「ボクが言いたいのは、やるなら徹底的にやれってことですよ!」
くそ──手が震えている。
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