第15章:回顧と別離の幻想曲

第288話:リマデス辺境伯の乱―終結

「そういえば、ユディというのも知らない名前です」


 カテワルト東での死闘が終わって、二週間が経った日。王国全土に向けて、反乱の終結宣言が発布された。


「王子さまのお名前にゃ。例のソーレン王妃との子どもにゃ」

「ああ……ユヴァ王女と、お父さんの違う姉弟なんですね」


 ギールたちは元々彼らの住んでいる村に帰され、いくらか監視の目が付くことになった。

 辺境伯は国王の言によって北に移送されていて、そこでまだあれこれ尋問を受ける日々だろうと思う。


 ボクたちは終結宣言によって都市封鎖の解かれた街道を、その辺境伯に会うためにエコリアで移動している。

 かなりゆっくり移動しているので、出発してからもまた十日以上が経過していた。


「あれですか──やっぱりすごいですね」

「そうみたいだにゃ。ミーちゃん、合ってるかにゃ?」

「……そうだ。その呼び方をやめろ」


 見えてきた建物について問うと、ミーちゃんことミリア隊長は不機嫌に答えた。ボクたちの監視という名目で、彼女はあれからずっと行動を共にしている。

 港湾隊にも人的被害があったから、再編成をしているそうで、当面は十人隊長の任を解かれているらしい。


「降格されたからって、あたしたちに当たられても困るにゃ」

「誰が降格だ。部下が昇格しているのに、小官だけが落ちてたまるか。機嫌が悪いのは、お前のせいだ」


 今は監視の任務があるだけでこれという役はないそうなので、それだけを聞けば確かに降格としか思えない。

 でも言った通り、マイルズさんが十人隊長になったそうなので、その上司であるミリア隊長だけがそうなるとも考え難い。


 それから──いやここまでもずっとだったけれど、団長がミリア隊長をからかって道中を進み、ようやく辺境伯の居る建物の前に辿り着いた。

 エコリアを降りて、まずは御者を務めてくれた男性にお礼を言った。


「長い道中を、ありがとうございました。無理な頼みを引き受けてくださって、ご迷惑だったでしょうに」

「いやいや、全然だ。こういう突発な仕事のほうが儲かるしな。それに──」


 その男性はボクの耳に口を近付けて、こそっと言う。


「話を聞いてたら、お前さんはかなりの活躍をしたそうじゃないか」

「ああ……聞こえますよね、そりゃあ」


 元の姿勢に直って、男性は笑う。


「まあ心配するな、あっちこっちに言って回ったりはしないから。ただ、あれからお前さんがどうなったかと気が気でなかったんだ」

「あはは、その説はどうも」


 エコリアの後ろからサバンナさんも降りて、客車は空になった。


「あの無茶な小僧が、ちょっとした英雄みたいになってると分かって、関係ない俺も何だか鼻が高いんだよ。まあ、まだ難しいこともあるみたいだが……うまくいくといいな」

「ええ、ありがとうございました。気を付けて帰ってください、コンケさん」


 ぴっ、と手を振って。来たときより少し勢い良く、エコリアは去っていった。ボクはその後ろに向けて、もう一度頭を下げる。


「──ていうか、本当にここなんです?」


 振り返ってもう一度全景を見て、そう言わざるを得なかった。

 辺境伯は北の塔に幽閉だと、国王は言っていた。塔ってどこだ、目の前にあるのは、豪奢な邸宅なのだが。

 あれか、真ん中に尖塔造りっぽい屋根があるにはあるけど、あれのことか。


 まずボクたちの前には立派な鉄の門があって、そこから邸宅の大きな玄関扉は正面だ。

 でもその間に庶民の家なら十軒くらい建ちそうなほどの距離があって、小さな噴水とその周りによく手入れされた花壇まで用意されている。

 窓の数で部屋がいくつあるのか勘定してみると、たぶん一層に七、八部屋は並んでいるだろう。それが三層。


 町から離れた小高い山の上で、国土でも外れのほうという立地を考えると異常と言ってもいい豪華さだ。


「間違ってはいませんよ。まあ、話は入ってからにしましょう」


 ずっとそこに居るのに、ボクたちなんて見えてもいないというような態度だった門衛にミリア隊長が話しかける。

 用向きをどう伝えたのか聞こえなかったけれど、衛兵は業務的な笑顔で胸に手を当てて頭を軽く下げた。


「アビたん、お腹減ったみゅう」

「ええ!? さっき干し肉を全部あげたじゃないですか!」

「だから良い子で食べてたみゅ?」


 確かに黙って食べてたけども。

 言っているのはそこじゃなくて、ボクの腕ほどもある塊をひと息に食べたくせに、開口一番が「お腹減った」なのは何故なのかという話だ。

 まだそれでも「もっと食べたい」くらいなら、分かるのだけれども。


 怪我が治りつつあるメイさんは、以前にも増して食いしん坊になった。全快したら元に戻ればいいが、戻らなかったら王国に食料危機が訪れるかもしれない。


 かく言うボクの怪我は、まだ全く治っていない。上半身は服を脱げば、包帯でぐるぐる巻きだ。

 団長の治癒の力も「あれはすぐ治せるけど、体に負担が大きいにゃ」とのことだった。自然に治せるなら、そのほうがいいらしい。


「今日来ることは言ってありますし、お昼どきですからきっと中に何かありますよ」


 と、無責任なことを言って難を逃れた。

 これだけ立派な場所だから、食べ物の少しくらい何とかなるだろうと思って言ったのだけれど、何とかならなかったらどうしよう。


「本当みゅ!? 楽しみみゅ!」


 門から玄関までの間に、メイさんは「お肉、お菓子、お魚、お菓子、果物野菜もちょっと食べてお菓子みゅう」と、初耳の歌を作り上げていた。

 いや、お菓子が多いだろう。


 渋い緑色のノッカーを、ミリア隊長が二度鳴らした。返事なんかは聞こえなかったけれど、中で気配はする。

 でもそれから扉が開き始めるのに、数分を待つことになった。


 まず見えたのは、メイド服の袖だった。

 そこからもやけにゆったりと開けられた扉の向こうに居た人物に、ボクたちは少なからず驚かされる。


「あらあ、皆さん。ようこそおいでくださいましたあ。とってもお久しぶりですねえ」

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