第286話:国王の沙汰
「何だ。俺への当てつけのつもりか」
「そんなつもりは毛頭ないが、貴公がそう受け取るのも無理からぬであろうな」
国王はそこで一息を吐いて、表情を緩めた。王を辞めると言って、重荷を下ろしたような気分にでもなったのだろうか。
「余の息子、ヴィリスとリンゼの王位継承権も剥奪する。最初にそれと知れた時に、こうしておれば良かったのだがな……」
自身が黙していたことへの反省なのだろうか、国王は辺境伯の言葉を待つ。でもそれは返ってこない。
むしろ国王の後ろに居る人々のざわめきのほうが目立ってきて、国王は仕方なく続きを話し始めた。
「次の国王には、フィラムを指名する」
「──あれは病人だろうが」
「フィラムって誰です?」
「我が国の第一王子です。お体が弱く、ご自身が王位継承を避けたいと仰っていて、第二王子のヴィリス殿下や第三王子のリンゼ殿下よりも下位になっているはずです」
知らない名前がいきなり王位という話になったので、こそこそとミリア隊長に聞いた。手短な説明だったけれど、色々なるほどと事情の伺える話だった。
「そうだ。だがユディの成人するまでの間。最悪となれば、二、三年でも良い。形式上の王位を埋めてくれればな」
「……ふっ。ふはははっ! 老いぼれの次は病人。その次は八つの子どもか。もう俺が何をせずとも、命運は見えているな」
疲れの見える笑いだった。心底おかしいというのでなく、笑うことで何かをごまかそうとしているようにも見えた。
辺境伯のしたことで、間違いなくこの国は、良くない方向への大きな変化があるだろう。その兆しを示されたことで、恨みが少しでも晴れたのだろうか。
恨みを晴らした人間とは、どんな顔をするものなのだろう……。
ボクがそうだったとして、力一杯に喜ぶかというとそれはない。では他にどんな感情を迎えて、どんな態度でいるものか。
そう思うと、確かにごまかしたくなるかもしれないと思った。
「それで肝心の俺はどうする」
「貴公は……北の塔に幽閉としよう」
「そうか、分かった」
それで二人の会話は終わった。
また少しの間、国王が辺境伯を見つめていたけれど、ついに辺境伯が自分の思いを示すことはなかった。
戦いが終わって、最も重要な部分も国王がさっさと決めてしまった。となれば細かな処理はさておいて、怪我人への対処が優先課題だ。
後方──の兵士は居ないので、その応援を頼みに一部の兵士がカテワルトへと向かう。
怪我人や死体を収容するにも、動ける者の指揮系統を確認しておいたほうがいい。それがうまくいくように、この場だけの再編成も。
国王はこのまま城に帰るのだろうし、どこに連れていかれているのか、王子たちも一応は救出すべきだろう。
そういった事後処理へと、みんな動き始めようとした。そこをわざわざ狙いすましたように、辺境伯の前に立つ人が居る。
それはもちろん、団長だ。
「みんなそのまま、自分のお仕事をしてるといいにゃ。あたしたちは個人的に、お話があるだけにゃ」
「反乱の大罪人とお話など、許されるはずがあるまい。下がれ!」
プロキス侯爵は、唾を飛ばして怒鳴る。先に問題を抱えたとしても、目の前のことが一つ終わったのに、とても嬉しそうには見えない。
国の偉い人の中でも一、二を争うような地位だと、それどころではないのだろうか。
「プロキス侯爵。僭越ながら、私からもお願い致します。彼女たちに多少の時間を与えてやってくださいませんか」
「ならん。そもそもが、こちらに口を利くことさえ許されんところだ。そこへ以てあの振る舞いを見逃しているだけでも、感謝してもらいたいところだな」
メルエム男爵の口添えにも、侯爵は耳を貸さない。
その言い分はいちいちもっともで、反論のしようもなかった。団長も「おやまあ、それは困ったにゃ」と軽い口調で言っているけれど、丸め込もうとする気配はない。
「侯爵閣下、儂からもお願いする。何者であれ、あれらが居なければ儂は既に息をしておらん。この戦いの勝敗も逆であっただろう」
「……将軍。あなたまで」
ワシツ将軍は、貴族でない。真に個人の実力を評価されて今の地位に居る、稀有な人だ。
その人の意見を無視するには、それだけの理由が要る。
そうしなければ、将軍の地位を認めている国王の権威も、実際にあった功績も、一切を認めないことになってしまう。
「──はあ。分かりました。長くとも、諸々の準備が整うまで。それに話の全ては部下に立ち会わせますぞ」
「うむ、感謝する。それで良いな?」
「あたしたちは全然構わないにゃ」
どいつもこいつもとぶつぶつ言いながらも、プロキス侯爵は国王に「御前を失礼致します」と挨拶して去っていった。
侯の私兵も相当の被害を受けていて、部下に任せてばかりもいられないらしい。
「さて、リマっち。あたしたちが話したいのは一つだけにゃ。囚われの女の子のことにゃ」
「フラウのことを言っているのか? それならば、話さねばならんのはお前ではないだろう」
「もちろんそうにゃ。あたしは、話してくれるか聞いているだけにゃ」
それを聞いて辺境伯は、こいつは何を言っているんだというような、妙な表情を浮かべた。
でもそのままちょっとの時間を使って考えると、やれやれと息を吐く。
「俺としたことが油断したものだ。下手に先を促すものではないな」
ボクたち団員にだけ分かるしたり顔で、他の人には人好きのする笑顔で、団長は一声「にゃん」と言った。
でもその会話の意味が、ボクにはよく分からない。
「反乱を起こそうが、恨みに狂おうが、騎士としての誇りだけは捨てていないということさ」
「はあ……」
メルエム男爵が察して教えてくれたけれど、やっぱり分からなかった。
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