第284話:決着

「思ったよりも早く片付けてくれたものだ。王軍には過剰だったが、貴様らが余計だったな」


 ギールの少なくなった戦場を眺めて、辺境伯は言った。貴様らとはボクたちのことだろうけれど、直接には誰に言ったのか。


「うちの子たちは怠け者なのにゃ。さっさと済ませて、お昼寝でもしていたいのにゃ」


 さすが団長は、もう追い付いていたようだ。エコも何もない、ワシツ将軍やメルエム男爵の姿はまだ見えない。


「それこそ──寝言は寝てからにしてもらおうかっ!」


 辺境伯の手が肩当ての下に伸びて、そこから何かが投げつけられた。

 それはレンドルさんの後ろ、つまりはボクに向かってきて、エコに跨ったままでは躱しようがない。


「──うぐっ!」


 走るエコから体を離して、その場に着地しようとした。でも傷のせいでバランスが取れなくて、転んでしまう。


「そちらも荷物を負ったままでは、動きにくかっただろう」

「気遣いは無用じゃ!」


 レンドルさんはボクに視線を送ることさえしない。それは冷たいからでなく、そんな隙を作る余裕なんてないからだ。

 ボクの体はメイさんがすぐに担ぎ上げて、少しの距離を離してくれた。


「よそ見をしてお喋りなど、舌を噛みますよ!」

「お前がな!」


 全身鎧の戦士とレンドルさん。二人が同時に切りかかっても、交互に休みなく攻め続けても、辺境伯には届かない。

 その間にも王軍と山賊たちが、じりじりと辺境伯軍の人数を削り取っていく。


 ここまでくれば、戦争は終わりだ。

 それぞれいくらか人数が残ってはいても、明暗という意味では着いてしまった。


 王軍はまだ二千や三千が居るだろう。でもその内情は近衛騎士団だけがまともな部隊で、あとは寄せ集めと化している。


 辺境伯軍は、動いているギールが数人程度だ。通常の騎士や兵士は、千人にも満たない。


 これに加えて、ユーニア子爵もまだ健在と言って良いだろうし、ワシツ将軍を含むボクたちまで居る。

 誰がどう見たって、辺境伯の負けだ。

 あとは続いている個々の戦いを一つ一つ終わらせて、手の空いた人たちはその行方を見守るしかない。


 傷ついていない人など居ない。元気そうな素振りを見せるのも、うちの団員たちくらいだ。

 その団員たちでさえ、十人くらいだろうか。数が減っている。


「ようやく終わったようだね」


 男爵が傍に来て言った。蹲って痛みに耐えるボクの背を労ってくれて、それでも目は辺境伯から離さない。


 国王は残った人員でなるべくの体裁を整えて、軍勢と呼べる格好を付けた。

 前面に近衛騎士団の中でも装備が無事な人を並べ、自身はそのすぐ後ろで睨みを効かせる──というような。

 まだ行われている戦闘が辺境伯の勝利に終われば、すぐに包囲しなければならないのだから見栄の産物ということでもないのだろうけれど。


 腕に覚えのある同士の争いも、次々に決着していった。名のある同士でなくとも、その場で力のある相手だとみれば戦いを挑む。

 出る杭を打つのが隊長やら何やら役を持つ人の仕事だと、ミリア隊長は言っていた。


「あれ──?」

「手空きになっておるな」

「将軍、今更ですよ」

「分かっておる」


 イスタムとリリックの二人も、辺境伯を見守る立場になっていた。クアトなんかと戦っていたはずだけれど、どうしたんだろう。


「聞いてくるみゃ」


 いやそんな火事場見物の、野次馬じゃないんだから。なんて引き止めたところで聞くはずもないので、トンちゃんはそのまま彼らのところに行った。


「足止めする理由がなくなったからって、どこかに消えたみたいみゃ」

「潔のいいことですね」


 彼女たちに取って、ギールがどっちを向いていようと関係ないのだろう。辺境伯の護衛をされては邪魔なので戦っていたけれど、戦争そのものに白黒が着いてしまえばそれ以上は意味がない。

 状況の整理されていく中に居ては困るので、自分たちは姿を消したとそういうことらしい。


「執事さんとメイドさんは、残ってるけどねえ」


 コニーさんが言った通り、ヌラとオクティアさんは子爵の傍に居る。あの二人には表向きの役目もあるのだろう。


「貴様ああっ!」

「ぐぬうっ!」


 辺境伯はレンドルさんの、全身鎧の戦士は辺境伯の。それぞれエコの喉を裂き、脚を切り取った。


 崩折れるエコからも、二人は落ちない。自分の足が地面に着くと、速やかに態勢を整えた。


 ──が、肉体の差だろう。辺境伯のほうが一瞬以上も早い。体重移動の終わっていないレンドルさんの、軸足側に切りつける。


「ご老人!」


 全身鎧の鉾槍ハルバードも、エコの死骸が邪魔になって届かない。


 また命が終わる。ボクの知っている人が。 

 明確にそう思ったわけではないけれど、感じたことを言えとなったらそう答える。

 目を閉じないように。必死に堪えて見た景色は、その気持ちには沿わなかった。


 レンドルさんの背後に低く姿勢を取り、脚払いをかける人影がある。おかげでレンドルさんは、今度は側頭を地面に打ちつけそうになったけれど、それも別の人影が抱えて避ける。


 自由の利かないレンドルさんも合わせて三人は、そこから後ろ飛びに辺境伯から離れて、何もなくなった場所に辺境伯の剣が空を切った。


 ほっと一息。レンドルさんの無事を安心する間などない。戦いは続いている。

 全身鎧の戦士が、その隙を見逃すはずはない。「いぇぇぇああっ!」と、その空間ごと切り取ろうかというような気合いの乗った突きが辺境伯の背後を襲った。

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