第282話:尊老二人

「足らないって――え?」


 戸惑うのはボクばかりで、ワシツ将軍やメルエム男爵たちはぽかんとしていて、うちの団員のほとんどはにやにやと成り行きを見守っている。

 何をする気か全然全く予想もつかないから、そう言うボクもあたふたとする以外になかったけれども。


 おもむろに指を二本、口に咥えたコニーさんは素晴らしい音色の指笛を鳴らした。流れるように二、三音。特にこれというメロディーではない。

 とすれば誰かへの合図だろうか。

 って、この場でコニーさんが誰かにというと……。


 嫌な予感とまで言っては失礼かもしれないが、やはりあの人たちにそれほどいい印象はない。いやもちろん、さっきは場を任せてしまったし、短い間に色々な縁が出来た人たちではあるけれど、最初の印象が悪い。


「コニーちゃああん! 呼んだかああ!」


 戦場の東、ジューニのある方角。闇から抜け落ちたような色合いの、ついでに言うと薄汚れた服装の人たちが集まってきた。

 もちろん隊列とか何とかは欠片もなく、ばらばらと寄せ集まる。でもボクには整然とやってくる騎士たちより、別の意味で安心する光景だった。


 その中に、いくらかまとまって動く人たちが居た。

 そもそも知っているのは二十人足らずなので、見覚えがない人ばかりだ。だからその人数を超える集団に心当たりはないはずなのだけれど、一人だけ知った顔があった。


「――まさか?」

「ああ、坊主。元気じゃったか」


 軍装のされたエコ。騎士が乗っていて、主が死んだために逃げ出したものを捕らえたのだろう。

 その背に颯爽と跨り、手綱を握る腕は細いながらも力強い。


「レンドルさん、どうしてここに!?」

「どうしても何も。ここに居るほとんどは儂の仲間じゃからな」

「爺ちゃん、応援に来てくれたのかい?」


 レンドルさんが居ることには、コニーさんも気付いていなかったようだ。どうも聞いてみると、見ない間に随分増えたなあとしか感じていなかったそうだ。


「応援か……まあ、それも違いないが」


 レンドルさんの目に、辺境伯にも似た憎しみが湧いた。イルスさんの件は辺境伯と関わりがないのだけれど、兵士が相手には違いないと憂さ晴らしでもする気だろうか。


「親分、ウクの姐さんもそんなこと望んじゃいねえって」

「やかましい! 親分と呼ぶな、元締めと呼べ!」


 何か。たぶんウクという女性の名を、ごまかすためらしい怒気。奥さんだろうか。イルスさんの母親で、もう亡くなっているとか。


 レンドルさんに怒鳴られて、肩を竦める男性に声をかけた。レンドルさんには、今はボクまで怒られそうだ。


「そういえば、親方さんは? さっきは居たみたいですけど」

「ジスターのことだな。ええと確かあっちに……ああ、居た」


 その人の視線を追ってみると、親方は自分の仲間からも離れて一人で居た。そうと分かって見てみれば、コニーさんと話しているサテさんたちも、ちらちらとそっちに心配そうな視線を向けている。


「何かあったんです?」

「いや、よく分からん。なあサテ?」

「そうだなルス。あのイラドとかいうのと言い合ってたみたいだが、何のことやら」


 イラドは北の要塞から来ていると聞いた。親方も軍を追われる前はそうだったらしい。知った間柄なのは当然だけれど、それ以上の何かがあったのだろうか。


 まあ今の仲間も知らないというものを、ボクがずけずけと聞きにいくわけにもいかない。


「おい……」

「え……はい」


 後ろから、ワシツ将軍が低い声で言った。脅しの効いた呼びかけに、ボクは怯む。


「いや、お前さんではない。そっちだ」

「あん?」


 エコに乗ったままのレンドルさんと、将軍の目が合った。するとすぐにレンドルさんはエコを降りて、将軍の手を取る。


「おお! お前まさか、ワシツか!?」

「そうだ……」

「将軍、お知り合いで?」


 レンドルさんの連れてきた人たちは、どう見たって表向きの商売をしている人ではない。

 それはボクたちと協力態勢にある状態だから、メルエム男爵も誰が現れたからと何も言わないのだろう。

 でも将軍が直接に知己となれば、また話が違う。


「知り合いには違いないが──お前、レドリックか」

「そうだ! 顔もしわくちゃになったが、頭まで耄碌したか!」

「レドリック……」


 話を聞いていたミリア隊長と、男爵は何か記憶に引っかかることがあったみたいだった。

 額に手を当てて思い出そうとしていたのが、やがてお互いの目で確認し合う。


「ご老人。失礼だが、もしかすると山の亡霊と呼ばれたことは……」

「おう、儂のことじゃ」


 肯定を返された二人の反応は、それぞれだった。男爵は驚きと喜びが等分に見えて、「お噂はかねがね」と握手を求める。

 ミリア隊長はそんな男爵の袖を引っ張って、「山賊の大頭おおがしらですよ!」と咎めた。


 どうも昔は悪さをしていたらしいと聞いていたけれど、結構な有名人のようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る