第281話:子爵の切り札
「聞け、辺境伯!」
辺境伯とイスタムとリリック。三人は並んで、ユーニア子爵の配下と戦っている。そこに言葉を投げ込んだのは、ユーニア子爵当人だ。
「あなたにも、先の展望というものがあるだろう。しかしこれがなければ、その全てがなくなるのではないか?」
ユーニア隊の後ろ。ボクたちからは少し前に、松明がたくさん集められた。その明かりで照らされるのは、エコに乗った四人の人物。
いや問題となるのは、真ん中のエコに乗った二人だろう。両脇のクアトとドゥオは、護衛役らしい。
「説明は必要ないだろう。抵抗をやめて我らに降れ」
真ん中のクインの背に居る人物がどうかしたのかと思って、よく見るとそれは人形だった。
どちらかと言えば大柄のクインと同じような体格で、きちんと服を着させられている。顔にはなんとなく鼻や口の輪郭が形作られているくらいで、目や色味はない。
あれをどうにかすれば、辺境伯の先の展望とやらをどうこう出来ると言ったみたいだけれど、とてもそうは見えない。
服飾品や鎧なんかの工房に置いてある人形と似たような物だ。
「あれは何でしょう?」
「何だろうにゃん? 切り札があると言ってたから、あれがそうなのかにゃ」
ワシツ将軍やメルエム男爵も、心当たりはないようだ。
辺境伯が子爵の言い分をどう捉えているのか、まだ分からない。
辺境伯自身も含めて攻め手は止まっていないけれど、それほどに大した問題ならばどう答えたものか迷っているとも考えられる。
兵士たちは、止まれと命令がなければ止まる理由がない。
「何やら分からんが、迷ってはおるようだ。すぐに返事のないのがその証よ」
「なるほど、そうですね」
将軍が言って、近くに移動することにした。本当にあれが切り札ならば尚のこと、自由の身にある辺境伯と話す機会はもう最後だ。
移動を始める前に、将軍は近くに居た別の隊の兵士に将旗を預けた。
「預けてしまって大丈夫なんです?」
「前に進む限りは、味方から攻撃される心配はない」
行きはいいけど、帰りは敵が攻めてきたと思われる可能性があるということか。それでは退くに退けない。
「御免」
将軍は行き先を決めると、すぐに動き出した。ボクたちもそのあとを着いていく。
目の前に居た近衛騎士団の右手を抜けて、最前線のすぐ後ろに出る。ここからなら辺境伯と子爵のやりとりが、よく見える。
「──待たせてすまんな。それがあろうとなかろうと、命数が数日違うだけのことだ。好きにしてもらおう」
「それにしては、大切に保管してあったようだが」
「部下たちが勝手にやってくれたのだろう。有り難いことだが、頓着せん」
大した問題ではないから、好きに処分すればいいと辺境伯は言った。でも数日のことではあっても、命に関わる物であるとも言った。
先頭で剣を振るっていてはそんな問答も出来ないから、辺境伯は数歩を下がった位置に居る。
その代わりというのか、配置を変わらずに戦っているイスタムとリリックは、どうも戦い方が雑になった気がする。
一人ずつを確実に仕留めていっていたのが、とにかく切り倒して踏みつけたあとのことは知らんというような。
「辺境伯本人は分からないが、部下たちは焦っているようだね」
「そうみたいですが、何だか煮えきりません。もっと混乱した状況が欲しいですね」
「なかなかまともなことを言うようになったみゃ」
珍しくトンちゃんが褒めてくれたけれど、これに「いやあ、どうも」なんて反応をすれば調子に乗るなと拳が飛んでくる。
「それには同意するが、難しい注文だよ」
「副長。盗賊と同調されては困ります」
「いやいや、私はアムという名の傭兵だから」
苦情を聞き流されて、ミリア隊長は「また都合のいい──」と、ぶつぶつ言う。
みんなでそんな会話をしてしまうくらいに、僅かな間だったけれど誰もが奇妙な間を感じていたのだろう。
辺境伯軍と王軍が互いを削り合う消耗戦に、変化が訪れた。
「ん──? 何だか押していますか」
「そうみたいだね。何だろう」
消耗戦がいきなり掃討戦になったりはしていない。でもその拮抗が崩れて、王軍に傾いたことは分かる。
何かがあったことは間違いないけれど、何が……と見回す前に答えが聞こえた。
「閣下ぁ! あとをお任せする不忠を、ご寛恕いただきたい!」
「ウナム!?」
族長アイルルフと戦っていた、ウナムの声だった。グレーデンは斃れ、戦況は王軍が押し返した。
その中で一対一の対決を続けていたけれど、終わったようだ。
地響きと共に、ウナムは倒れる。
残って立っているのはアイルルフ。誰もがアイルルフの勝ちだと思っただろう。
でも彼は動かない。
大きないびきのような音を発して、気絶しながらも生きていることを知らせるウナム。それを見下ろして、二度と動くことはなかった。
「
「そうかもしれません。獣王化を促した人物が死んだら解ける、という話は聞いたことがないですけれど」
でも実際にギールは押されている。イスタムたちのような一部の例外を除いて。
「でもさあ、まだ足りないよねえ」
男爵との間にひょっこり顔を出したコニーさんが、何を考えているのか悪戯っぽい──悪魔のような笑顔で言った。
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