第280話:粛々と

 星の光。各所に置かれた篝火。それぞれの部隊の何人かが持った松明。それから、時に打ち上がる例の眩い光。

 夜の戦闘としては、明かりに不足はない。


 壮絶な最後を遂げたグレーデンとノーベンの死体を、王軍は踏み越えていく。

 先頭は全身鎧の戦士と、ユーニア子爵の兵たち。


 対してイスタムとリリックを両脇に、辺境伯は自身が先頭に立ってエコを走らせる。

 その周りはエコを手に入れた騎士たちとギールが固め、整然と前進する。


 これがこの戦争の開始かと錯覚するような正面衝突。それがもう目の前だ。


「高みの見物といくかにゃ?」

「そうしたいところですけど、ここぞという場面を逃しそうですね」


 辺境伯との対話を潰してくれたユーニア隊と、並んで行ったところで益はない。フラウも居るのだから、さすがに軍勢の先頭に居るわけにもいかない。

 タイミングを見計らって、王軍の中央辺りに潜り込んだ。


 口に出せば「儂の価値はそんな程度か」と怒られそうだけれど、ワシツ将軍が居てくれて良かった。

 将軍の部下たちが先頭で旗も立ててくれているから、王軍はボクたちも味方とみなしてくれているらしい。

 そうでなければ、不審な集団として攻撃されているところだ。


「余計な何ごとも考えるな! ただ目の前の敵を突き崩せ!」


 目の前に居る近衛騎士団から、指示が飛んだ。前に居る隊から後ろの隊へ、次々に伝令が走る。


 そういえば国王はあの足で、どうしているんだろう。

 杖と補助してくれる他人に頼っていた姿を思い出して、目を凝らす。


 なるほど、それなら。

 細い丸太を組んで、四人ほどで持ち上げられるようにした物。その上に国王が居た。

 あれでは咄嗟の移動が難しいだろうし、速度も出ない。自分で思う通りには動けないし、何より持っている人が欠けたら動けなくなる。


 あれに乗って戦場に居るなんて、ボクはちょっと──いや、かなり遠慮したい。

 それでも行きがかり上。いやさ心意気の問題なのかもしれないけれど、国王が自分でこの場に居ることを大事と思ったのだろう。


 いよいよ距離が近付いて、先頭に近い兵士たちが駆け始めた。ユーニア隊は速度を変えない。辺境伯の側も同じく。

 駆けた兵士たちがもちろん最初に辺境伯軍とぶつかって、たぶん誰一人として攻撃することも出来ずに打ち倒された。


 その屍を踏み越えて、後続がまた取り付く。そして切られる。それが何度か繰り返されるうちに、辺境伯軍にも被害が出始めた。


 料理の下拵えでもするかのような、本格的な衝突に入る前に場を温めているかのような。

 そうすることが決まりごとのように、静かに淡々とそれは続く。

 何やら怪しげな儀式めいても見えてくるそれがこなれてきたころには、両軍の陣同士がその先頭を重ね合って戦線が出来る。


 どうやらもう、互いに細工はしないらしい。前から順番に、粛々と人数の削り合いが始まった。


「ユーニア子爵! 本隊撃破を任せた!」


 王の言葉なのか、誰かがそう鼓舞する。

 セフテムさんの預かっていた人数を加えても千人に足らないユーニア隊から、返事だけは「おう」とあった。


 ユーニア子爵は辺境伯をどうする気なんだろう。生かしていては、自分も共謀者だとばれてしまう心配があるだろう。

 でも殺そうにも、下手に強い人を当てたのでは体を乗っ取られる恐れがある。


 ボクとしては、殺してもらうと困る。でもどちらであれ、どう動こうとしているのか分からないと、こちらの先を考えることが難しい。


 どっちでもいいから、方針を言ってくれないかな。出来れば生け捕りの方向で。

 と、それこそどうやってやるんだという期待までしてしまう。


「いつ出る」


 辺境伯は戦闘をイスタムとリリックに譲り、一歩下がったところに居る。

 それを指して、ボクも行くのだろうとワシツ将軍が急かしてきた。


 それはそうだけれど、物ごとには機会というものがある。いつがそうかは知らないけれども。ここまでに何度も逃しているけれども。


「ユーニア子爵は、きっと何か仕掛けます。その時に」

「相分かった」


 果たして、それがいつなのか。ごくりと唾を飲み込む間に、動きがあった。

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