第269話:その時は来た
段々と分かってきたのだけれど、イメージ的にワシツ将軍を堅物のように考えていたのは違うらしい。
いや将軍にはむしろ褒め言葉くらいのつもりでそう思っていたのだけれど、かなり柔軟に物ごとを考える人だ。
どちらかといえば、メルエム男爵のほうが融通は利きにくいかもしれない。
その男爵にしたところで、この戦いではもう騎士としてのなんたるかを、かなりの割り合いで捨てているようだけれど。
ユーニア子爵の隊の走ったであろうあとを追うと、ボクたちに先行する辺境伯配下の部隊があった。
子爵の隊を、はぐれてしまった遊軍と考えたのだろう。それ行けやれ行けという雰囲気で、前しか見ていない風だった。
「戦場で、後ろも見ぬ者が悪いのよ」
将軍曰く、用意出来る状態にあるのにそうしていないのは単なる怠慢だから、こちらの名誉がどうこうは関係ない、と。
つまりいかにも味方のようにすぐ背後まで近寄って、そのままその隊を押し潰した。
将軍は当然という顔をして、男爵は困った顔を浮かべながらも仕方がないかと飲み込んだような感じだった。
そのまま進むと、地面に転がる死体にギールが混ざり始めた。するとこの前方で戦っているのが、ユーニア隊だろうか。
辺境伯の配下であればまた同じように潰すまで、と。将軍は迷いの欠片も見せずにその尻へ付いた。が、やはりユーニア隊だ。ならばとそのまま回り込んで、先頭近くに並ぶ。
「ようやく追いついてきましたか、待っていましたよ」
「おや、食事の約束でもしてたかにゃ?」
最前を進むのは、あの全身鎧の戦士とウナムだ。その周りを、影なのか普通の警備隊員なのか分からない兵士が囲む。
だからと言って、その人たちが進行方向の全てを片付けられるわけではない。当然にこちらにも、正面を避けた兵士がやってくる。
団長とヌラはそういう兵士、時にはギールを相手取りながら会話していた。
「あなたがお相手ならば、ぜひともと言いたいところですけれどね。セフテムとの先約があるのでしょう?」
「聞いたのかにゃ」
「いいえ、彼の考えそうなことです。実際の手段としてどうするのかは、予想がつきませんが」
そうだ、もうこの先に辺境伯が居る。その正面には国王も居て、最後の攻防というやつをやっているはずだ。
この場面になってまだ合図がないとは、一体セフテムさんはどういうタイミングを狙っているんだろう。
「あたしも聞いてないにゃ」
「そのようですね。言って翻すような人でもありませんし、お手並み拝見としましょう」
そこでヌラは、会話を終えようとしたみたいだった。でもそんな相手に対して珍しく、団長のほうが問いを重ねる。
「あんたたちには、大事な場面じゃないのかにゃ?」
「ええ、もちろん。しかし予定や想定というのは、狂って当たり前です。しかしセフテムがうまくやってくれるのが、最善手だと考えていますよ」
ヌラはその辺に落ちていたらしい、丈の長い草を片手にしていた。そんな物で戦いになるはずはないのだけれど、反対の手はこれまでと同様に、腰の後ろにある。
キトンじゃあるまいし……。
どうも見ていると、ヌラはその草を相手の顔の前に持っていったり、嫌がらせの小道具として使っているらしい。
穂先に毛のたくさんついた、キトンをじゃれさせて遊ぶのにいい草があるけれども、兵士をそんな調子でおちょくっている。
普通はあんなことをする余裕なんてないし、相手を逆上させるだけだと思うけど……。
この人の戦い方では、それも有りみたいだ。
ユーニア隊の先頭は、ゆっくりとではあっても着実に前進している。進むごとにギールの割り合いが増して、速度が落ちる一方なのもまた確かだけれど。
不意に笛が鳴った。ニズやツバエでなく、単音しか出ないだろう小さな笛の音だ。
「警備隊の連絡用の笛ですね」
「そうみたいだにゃ」
そうか聞き覚えがあるとは思ったけれど、いつだったか首都で追われた時に聞いたのか。
団長が目で尋ねると、ヌラは首を横に振った。自分たちは、この笛で連絡を受ける段取りにはなっていないと。
となるとこれは、ボクたちへの合図だ。
でもそれにしては、セフテムさんの隊の姿が見えない。さすがにこちらがどこに居るのかも確かめずに、合図を送ったりはしていないと思うけど。
「アビたん、行くにゃ!」
「ええっ!?」
きょろきょろとしている間に、ボクは置いていかれそうになっていた。団員たちはもちろんのこと、ワシツ将軍ももうだいぶん先を走っている。
待ってくれているのは、男爵とミリア隊長以下の港湾隊だけだ。
「さあ、君が行かなければ全てが始まらないし、終わらない。行くとしよう」
「ええ、走りましょう」
ボクは男爵とミリア隊長に挟まれて、決戦の場所へと走り始めた。
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