第268話:抗えぬ鎖

 山賊たちは、一瞬も足を止めない。彼らはボクたちと同じく、防具の類をほとんど着けていないからだ。

 動いていなければ攻撃の標的にされる可能性が上がって、またそれが当たりやすくなる。


「ぃやっはぁ! 軍人さまに意趣返しは気持ちいいなぁ!」

「さあ次だ、次! 休んでる暇はないぜ!」


 ……違うのか。


 山賊たちが相手にしているのはたぶん投獄されている人たちを連れ出したもので、正規の軍人ではない。

 でもまあそれであの人たちの気が済むのなら、あえて口に出す必要もないだろう。


 イラドの隊と山賊たちでは、圧倒的に山賊の数が多い。

 しかしイラドの罠に気付いた他の隊が、応援というか一緒に楽しみに来たというか、ともかく集まってきている。

 その総数では、僅かな差だった。


 だから最初こそ山賊たちも縦横無尽に走り回っていたけれど、段々と周りからの圧力を受け始めていた。


「オラぁ! いつまでもだらだらやってんじゃねぇ! また地獄に帰りてぇかっ!」


 傍に居た一人を、イラドは背中から切り捨てた。両手持ちの大剣でされたその一撃は、切ったというより押し潰したという印象を受ける。


 上半身を歪ませた死体が倒れて、数拍。


「う……うう……うおおおお!」


 イラドの兵たちの中で混乱と意気──いや恐れが戦って、恐れが勝利した。

 雄叫びとは呼ぶのだろうけれど、その声に前のめりの勢いは感じられない。密集して、山賊の集中している辺りに中央突破を図ってさえいても。


 ここにも、目に見えない鎖が何条も見える。世の中はこんな人で溢れているのか?

 今はそんな話をしている場合でないと分かっていても、考えずにはいられなかった。


「ぬぅおおおっ!」


 ワシツ将軍の気合いが、剣を通して地面に叩きつけられる。

 直接に当たったところから、前にも横にも土が捲れ上がった。


 石礫がなくなってようやく身動きが取れるようになったので、火を消そうとするよりこのほうが早いと将軍が言ったのだ。


「それならメイも出来るみゅ!」


 腰を低く構えて「ううぅん」と力を込める。


「えいっみゅ!」


 握った右手が斜めに地面を捉えると、将軍が掘り返したのと同じだけの幅を持った畝が、長さでは三倍以上も伸びた。


「ほう、これはすごい」


 目を見張って褒めた将軍は「これなら任せたほうが良いな」と場所を譲った。拍手ももらったので、メイさんは俄然と張り切る。


「みゅうっ! みゅうっ! みゅうっ!」


 楽しそうに次々と土を打つ衝撃と亀裂は、脱出させるものかと寄ってくる兵たちも追い払ってしまう。

 足元が根こそぎひっくり返るのだから、バランス感覚がいいとかではどうしようもない。


「畑を耕すのも手伝ってもらえば随分助かりそうだな」

「左様でございますな」


 サフィスさんに手拭いを渡されて、将軍は悠然と汗を拭く。それからまた剣を抜いて、メイさんの空けた道に正面を向ける。


「残った雑草くらいは、儂が刈らせてもらうとしようか」

「お供致しましょう、旦那さま」


 いやそんな、ここで最後みたいなことを急に言われても。将軍が命をかけるような場面では全然ないし──。


 炎の小路の出口で待ち構える兵士たちに、将軍は突っ込んでいく。右利きの将軍が不利になる部分には、サフィスさんが続いて走る。

 更に将軍の部下の人たちも続いて、ボクは「ああ……」と呆気に取られるしかなかった。


 そこに居たのは、将軍の隊と同数くらいだろうか。


「こんなところで人数を減らしても、意味がないんだけどみゃ」


 そう言うトンちゃんには、焦ったり心配したりという様子はない。こうなったのだから、どうなるものか見てみようといつもの通りなのだろう。

 その言葉のすぐあと、結果は出た。トンちゃんがどういう予想をしていたのか、的を射たのか外したのか分からない。


 ただ彼女が、どういう反応を見せたかならば言うことが出来る。

 怪我人を一人も増やすことなく相手の全員を叩き伏せたワシツ将軍たちに、短く口笛を鳴らした。


「さあ時間を食った。本命に向かうとしよう」

「はい。あ、でもあっちはいいんです?」


 イラドは忌々しげに、こちらを睨みつけている。でも山賊たちを正面に迎えて、それを放ってまで来ることはさすがにしない。

 それを親方は、じっと見据える。そもそもそれほど表情の豊かな印象はないけれど、これまで見た中で一番に硬い。


「いや……あちらにはあちらの事情があろうよ」


 将軍も同じ方向を見て、すぐに前へと向き直った。

 なるほどそうかと合点のいったわけではないけれど、何となく程度には理解出来た。


「分かりました。ボクはボクの相手に向かいます」

「そういうことだ」


 団長もすぐに追いついてきて、ボクたちは随分と遅れてしまった主戦場に足を向けた。

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