第267話:彼ら
「調子に乗るんじゃないにゃ」
それまで居た位置から何重にも壁となる兵士を飛び越えて、団長はイラドの目の前まで跳んだ。と同時に切りつける。
しかし今の時点で自由に動いているのは、団長だけだ。当然にイラドの注意も向けられていたのだろう。初撃は躱される。
「おおっと、危ねぇ。お前ら、盾になれやぁ」
「にゃっ!」
イラドの周囲に居た兵士たちは団長に向かっていって、団長の攻撃がイラドに向かいそうになると、身をもって庇おうとする。
それはもちろん相手がどんな戦法を使ったって、卑怯と罵るくらいが限界だ。でもそれで勝ったならば、相手はそれも戦い方だと堂々と言える。それが戦闘だ。
だからということでもないのだろうけれど、団長も無防備に身を晒す兵士たちをどうしたものかと、一旦距離を取った。
「そんなことをしていていいのかぁ? 仲間が蒸されちまうぞぉ?」
炎はもう、その範囲を広げようとはしていない。でもまだ消える気配もない。
大小様々の投石がやむこともなく、むしろイラド以外の隊も集まってきていて、その数は増えている。
ワシツ将軍の部下たちに盾を持った人は、ほとんど居ない。うちの団員たちが強靭な爪で石を砕いたり払ったりしているから何とかなっているけれど、これでは打って出ることも出来ない。
「仕方ないにゃ――気は進まないけど、あんたたちを全滅させるにゃ」
防戦に移っていた団長を捕らえようとしているのか、掴みにかかっていた数人が急に動きを止め、崩れ落ちた。
無抵抗の相手を傷付けるのが忍びない、などと言っている場合ではない。団長はそう判断したようだ。
団長が本気で戦う姿というのを、ボクは見たことがあるんだろうか。先のギールとの戦いもそうだけれど、誰かと刃を交えるのは何度も見た。
でもそれが団長の全力を出し尽くしているのかは分からない。色々な表情の底にある、涼し気な顔が乱れたところを見たことがないからだ。
数百人以上を相手に一人で。それはいくら団長でも、死力を尽くすようなことに――。
降り注ぐ石を捌きながら、熱に耐えながら、仲間たちはどうだろうかと心配しながら。そんな緊張下でも、これからどうなるのかと期待と不安が入り混じる。
有り体に言って、わくわくとしてしまったのも否定は出来ない。
が、しかし。そうはならなかった。
「コニーちゃあああん! 無事かあああ!」
「俺のコニーちゃんに火なんぞかけたのは、どこのどいつだああ!」
戦場の北。デクトマ山脈の裾に延びる森のほうから、夥しい数の松明がこちらへ向かって来るのが見えた。
恐らく全員がエコに乗った先頭を駆けるのは二人。それぞれ両手に松明を持って、器用に下半身だけで乗りこなしている。
「あらあ、あいつらだねえ」
コニーさんにもそれが誰だか、もちろん分かったらしい。
「サテさん! ルスさん!」
炎に包まれたこちらの声が届くか分からないけれど、力いっぱいに叫んだ。
「ハウジアで一等の大山賊、ジスターの一味のお出ましだあっ! どいつもこいつも、金目の物だけ置いて逃げちまえ! なあ、サテ!」
「そうだな、ルス!」
「てめえら勝手に、俺の名前を出してんじゃねえっ!」
親方も居る。そうか、やっぱり無事に逃げ延びていたんだ。あれからこっちのあれやこれやで、それどころじゃなかったけども。
いやしかしその数はなんだ。最後に見た時には十六人だったはずなのに、今はその百倍も居るんじゃないだろうか。
エコに乗ったまま、親方とその仲間たちは目の前を駆け抜けていった。その置き土産に、持っていた松明の一方をイラドの兵士に投げつける。
その火がまだ残っていた獣油に引火して、体を火に包ませる兵士も何人か居た。
そうでなくとも地面に落ちた松明が、これまでより数段に兵士たちの姿を浮かび上がらせる。
「よっしゃ、刈り取り作業だ!」
何のことかと思ったら、山賊たちは細い鉄線の両端を二人ずつで持ち、また兵士たちへと向かっていった。戦場で見るとは思わなかったけれど、あの作業は確かに見え覚えがある。
アムニス周囲でやっている独特の方法で、オルジを素早く刈り取ることが出来るのだ。
松明を投げたのは兵士を視認するためでなく、地面の凹凸や大きな石なんかの障害物を見るためだ。
なぜならその鉄線はちょうど足首辺りの高さに垂らされて、エコの脚力でぐいぐいと引かれる。そこにあるのがオルジならば、綺麗にすぱぱんと薙ぎ倒されていく。
それが人だとどうなるのだろう。
疑問を覚えた目の前で、兵士たちは見事に転がされていく。オルジと人間とでは重量が違うのだから、鉄線を持つ二人の間はそれほど広くない。一度に二人くらいを転ばせるのが限界だろう。
その後ろを長い山刀を持った人がついていって、起き上がろうとした喉を裂いていく。そこまでしなくとも、本当に鉄線で足を刈られた兵士も居る。
イラドの部下たちは罪人の寄せ集めだけあって、それだけで混乱を極めてしまった。
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