第270話:ただ前に

 セフテムさんは一体どこに居るのか、ボクが探すのには少しの時間がかかった。

 カテワルトの西。概ね平坦な草原の広がるこの土地に、人間は王軍と辺境伯軍の二手にしか居ない――ことはなかった。

 もちろんボクたちも居るのだけれど、それ以外にも。


 辺境伯に与した子爵たちの手勢は、四散してしまっている。当の子爵たち自身は、何処かへと逃走したか、自領へと逃げ帰ったかのどちらかだろう。

 それについていくことも出来なかった兵士たちは、まだこの付近をうろついているのが見える。

 カテワルトに入りたいのだろうけれど、今は門が開けられることはない。では何をしていれば良いかとなると、戦闘の行方を見物しているしかなかった。


 そういう人たちが数人くらいで集まっているのはあちこちに見えて、どうもそういう素振りで堂々と戦況を見ていたらしい。

 君はどこの家の兵士だい? などと話していたかは知らないが、そんな風に思っていた人たちがまた「いざ」と動き出せば、そうしていた人たちはさぞ驚いただろう。


「あれ――増えてませんか」

「長い物に巻かれたのでしょう。よくあることです」


 先だって見たセフテムさんの手勢は、二千を切っていたはずだ。しかし今はその二倍とはいかずとも、それに近いくらいの人数が居る。


「子爵たちの兵士が、また寝返ったんです?」

「そういうことです。貴族の私兵となれば永続的に雇われているというだけで、傭兵には違いありませんからね。逃走してしまった主君に義理を立てる必要もありません」


 その家ごと、それぞれでしょうけれどね。と付け加えもあったけれど、なるほどそんなものかと思った。

 考えてみれば貴族や騎士は、自分よりも上の身分の人にどうして忠誠を誓うんだろう。偉い人のために自分の財産や命を費やして、何があるというんだろう。

 そりゃあ手柄を上げて生き残れば恩賞もあるのだろうけど、それは釣り合っているのか?


 そう思えば、自分の利得のために自分の置きどころを選ぶ人たちのほうが、よほど分かり易かった。


 セフテムさんが先頭に立って、ボクたちの前を斜めに駆けていく。

 人数の増えたことをどう捉えているのか、走りながら隊列を整えさせているらしい。部隊が違えばそこの勝手も違うのだろうけれど、さほど完璧を求めているのでもなさそうだ。


 陣形というほどではないけれど、大体ひと塊としてまとまったところで、セフテムさんは左の拳を突き上げて叫ぶ。


「これは偶然などではない。私は思うまま生きる! 突撃!」


 その拳には、太くごつごつとしたデザインの指輪が嵌まっている。ここまでは着けていなかったはずだけれど、何か意味のあるものなんだろうか。


 ともかく新たに加わった人たちもあわせた配下たちも「オオオォッ!」と雄叫びで返した。それに伴って、走る速度もぐんと上がったように見える。


「なるほどにゃ」

「え、なんです?」

「なんでもないにゃ」


 誰かがなんでもないと言って、本当になんでもなかったことなんて歴史上に存在するのだろうか。

 ひときわいい笑顔で言われて、そんなのでごまかされるわけがないでしょうと思いながらも、それ以上は聞かなかった。


 宣言していた通りに、セフテムさんは辺境伯軍の一点に向かって突っ込んでいった。

 それはもちろんリマデス辺境伯本人が居る方向で、最前線の攻防に斜め後ろから横槍を入れた格好だ。


 その辺りにはギールたちの層が厚く、前を向いていて不意を突かれたとしてもまだ十分に対応が出来る。


「ああ、やっぱり……」


 見る間に進む速度が落ちて、先頭のセフテムさんの足も止まりかけた。


「まだまだ! 前進! 捩じ込め!」


 乱戦の中、セフテムさんはまた左の拳を突き上げて言った。正直なところ、「そんな無茶な」と思った。

 重い物を押したり引いたりするのだって、一息に行くから進むのだ。一度休憩と止まってしまえば、また動かし始めるのには相当の力が要る。


「馬鹿な……」


 ワシツ将軍が、思わず足を止めて漏らした。部隊の運用を知っていればいるほどに、それは信じられない光景だったのだろう。


 セフテムさんがギールに対して有利に戦っているのもすごかったけれど、そうやって空けた空間にまた後ろの人たちがどんどんと突っ込んでいく。


 大きな石を割るのにひびを入れて楔を挟み、また罅を大きくして──ということをするけれど、ちょうどそんな感じだ。

 あれが硬い楔だから挟まれても痛いと言わないのだけれど、人間でそれをやるとはどういう肝をしていれば出来るのか。


 予め言っていたのでなければ出来ないだろうけれど、言うほうも言うほうなら、やるほうもやるほうだ。


 セフテムさんの長剣は、舶刀カトラスにも似た曲刀だけれど随分長い。しかもそれを振るえば頑強なギールの体も、両断されることすらある。

 切れ味と重量による破断力とを兼ね備えた珍しい武器だ。


「あれは東方にある飛鳥あすかの武器だ。太刀たち──いや、大太刀おおだちというやつか」


 聞くとワシツ将軍が教えてくれた。将軍が首都の邸宅を造るのに、参考にしたという国の物らしい。


 しかしこの進撃は、そんな武器一つでどうにかなるものじゃない。セフテムさんは我を忘れて、ついでに疲れも忘れたかのような戦いぶりだし、続く配下の人たちも自分の命のことなんて全く考えているようには見えない。


 王軍だって辺境伯軍だって、確かにみんな勇敢に戦っている。負けそうになっても、ここで退いては駄目だと頑張っているのが分かる。

 でもあの人たちには、それがない。。傷を負っても、前を塞がれても、驚いたり怯んだりしていない。

 ただただ単調に、前へ前へと進むことしか考えていないみたいだ。


 気持ち悪い。

 ボクはそこにたくさんの鏡を見ているようで、震えが走った。

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