第251話:提案と同調
「協力って、どうしたいにゃ?」
「それは受けると解しても?」
「どうかにゃ?」
答えを避けた団長の目を、セフテムさんはじっと見つめる。
物言いたげな。不満とかそういうことでなく、伝えたい明らかな意図のこもった視線。
それを団長も外さない。ここから目を逸らしたって、盛り場のちんぴらではないのだからどうということもない。
でもお互いに、それそのものが会話であるかのように、睨み合いとも違う交渉がそこにあった。
「なるほど、受けるしかないみたいにゃ」
ええ? どちらが優位性を持つか、くらいの意思疎通だと思っていたのに。そこまでの判断を下せる情報が、どこにあったんだ。
「リマっちをどうにかする手はあるのにゃ?」
「はい。それは我が主人の下に」
「じゃあそっちの案に乗るのが、一番楽そうだにゃ」
何の話をしているのか、ボクはもちろんコニーさんたちも、男爵やミリアさんにも見えていないようだった。
でもだからといって、先に説明してから話を進めてほしいなどとも言えない。
これから聞くであろう話に代わる、他の案なんて持っていないから。
「話は簡単です。今ここに、警備隊の七割ほども預かっています。これを辺境伯の側面からぶつけます」
「至って普通だにゃ。そうするとどうなるにゃ?」
「ほんの僅か。至極短い時間でしょうけれども、辺境伯を孤立させられます」
「さっきのあれがあったのににゃ? 警戒してると思うにゃ」
団長の言う通りだ。
まずさっきの分断が成功したのは、エコに乗って騎兵槍を使った突撃があったからだ。しかも駆け抜けたあとを、別の隊がすぐに埋めた。装備も人員も充実しているから出来た方法だ。
それでもあの突撃が、奇襲でなかったらどうだっただろう。
ギールならば、エコの突進を止めることは出来る。それがあると警戒してさえいれば、なかなかに難しいのではと思う。
それを今度は徒歩の警備隊で、しかも二千人にも満たない数でやると言う。どうにも無理や無茶を通り越して、夢物語とさえ言えるかもしれない。
「すぐにやるわけではないですよ。時期を見ます。それを誤らなければ、八割ほどの成功率だと考えます」
「八割もです?」
咄嗟に口を挟んでしまった。
絶対に、必ず成功すると言わない分、信憑性はある。でも八割などと言われては、その信憑性に応じた証拠を欲してしまう。
「ええ、そのくらいだと思っていますよ」
「まさかあなたが指揮しているのは、全員が影なんです?」
男爵たちに聞かれては良くないのかと気を遣って、最後は声を潜めた。
影たちのことは知っているのだから問題はないのかもしれないけれど、人の内情を大っぴらに話すのは気が引ける。
「お気遣いをいただきまして」
ふっ、と笑われた。馬鹿にしているのではないようだけれど、余計な気を回す必要はないと言外に言われた気がした。
あちらは大人で、ボクは子どもで、子どもがそんなことを考えているのかと。余裕を見せられた気がした。
「ここに居るのは、全て普通に登用した兵士たちです。名簿も王宮に提出してあります」
「そうなんですか──それで」
「ええ。まあ、結果を御覧じろというところです」
結果を見てから、そうはならなかったとなっても遅いのだけれど、成功するという説得力があった。
表情にも言葉にも、それからどこといちいち言えないけれども動作の全て。
少なくともボクたちを騙して、何か別のことを考えている気配は全くない。
「こちらはギールを相手にして、あたしたちかユニやんたちか、どっちかがリマっちを押さえるということかにゃ」
「その通りですが、もう一つ」
「にゃん?」
「あの方が諦めずにまだ暴れようという気持ちを、圧し折っていただきたい」
そんな無茶な。
これだけのことを。何年もかけて周到に準備して、そのやり口も徹底して、ユヴァ王女が亡くなった時の怒りを燃やし続けている気持ちを曲げさせろと?
「また難しいことを頼まれたにゃ」
「無理ですか? それならまた別の方法を考えますが」
「いや、いいにゃ。引き受けたにゃ」
「それは有難い」
こうまですんなり了承するとはセフテムさんも思っていなかったらしく、表情に驚きが混じっていた。
団長の安請け合いはいつものことなので、ボクは驚いたりしない。でも実際の問題としてどうするんだと頭を抱えはする。
「ただし、にゃ」
「何でしょう?」
「今、君はリマっちのことを『あの方』って呼んだにゃ。ユニやんに忠実な、君の気持ちを教えてほしいにゃん」
確かに。記憶を巻き戻すと、確かにそう言っていた。
辺境伯に敬意を表するのは、位の高い人だしおかしくないのかもしれない。でもそれを影の部隊である、この人が言うのはおかしい。
少なくともウナムやクアトは、そんなことを言わない。
──オクティアさんなら言うかもしれない。でもあの人は、口から出る言葉の十二割ほどが嘘だと思う。
「何です、そんなことでいいのですか」
「別に君が妙なことを考えていると思うわけじゃないにゃ。逆にそういうことを言わなさそうだから、面白いと思っただけにゃ」
交換条件として言ったのではない。実は辺境伯に通じていると、疑っているわけでもない。ただの興味本位だと。
またこれを素直に受け取るものだろうか。ボクは団長という人が、本気でそんなことを言う人だと知っているけれども。
「一言で表せば、他人とは思えない──というところでしょうか。女性に入れ込んでという部分はどうかと思いますが、その実行手段は実に気持ちがいい」
「趣味が合う人とは、仲良くしたいということにゃ。納得にゃ」
「そうです。若干の訂正をすると、私と同類であれば余計な干渉を嫌いますから、見ているのが楽しいのですよ」
そうなってしまうのに同情はしても、辺境伯の行動は狂気としか言いようがない。それを同類だと言って、鑑賞を楽しんでいると言った。
それはつまりセフテムさんも、狂気に取り憑かれた人だということだろうか。
いま話していても、そんな風には思えない。それがそうでないとすると……。
華やかな街にも必ずある、日の差さない黴びた路地裏。その臭いを感じた気がした。
「ではまた後ほど。合図なり何なり、連絡はします」
セフテムさんは去っていった。そういえば行き先を聞いていない。そちらにユーニア子爵が居るんだろうか。
「アビたん」
「何です?」
セフテムさんを笑顔で見送った団長が、指をさして言う。
「あの男には、近づいちゃ駄目にゃ」
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