第243話:誰がために

「ぬうっ。どうやら無能ばかりではないようだ!」


 孤立させられたことに驚きはしたものの、辺境伯に動揺した様子はない。

 慌てて後ろをどうこうしようとすることもなく、ただ国王の居る近衛騎士の辺りを睨みつけた。


 辺境伯の周りに居る兵士は、半分以上がギールで二百人ほども居るだろうか。

 こういう場合、普通はどうするのだろう。もうどうしようもないと闇雲に突っ込むだけというのは論外として、やはり敵陣の薄いところを狙って退路を開くというところか。


「盾になる人員を置いて、後退するという方法もありますね。もちろん盾は全滅しますが」


 ミリア隊長に聞いてみると、なるほどという回答があった。

 ボクはどうしても仲間がみんな助かる方向で考えてしまうのだけれど、軍隊とはそうでない。残すべき人間と、切り捨てられる人間とがどこかで明確に分けられる。


「それ以外の方法も、何とか考えたいですね」

「――君なら、そう言うのでしょうね」


 ふっと、薄く笑われた。馬鹿にしているのではないみたいだけれど、やれやれといった感じだろうか。

 まあそう思ってもらっても事実としてその通りだし、これといって困ることもない。


「おやまあ」


 と。国王にあれだけ大きなことを言っていた団長は、とりあえず何かをしようという気配はない。目の上に手を翳して、すっかり見物気分だ。

 だからボクも、こんな暢気なことを言っていられるのだけれども。


「随分と強引だにゃ」


 ほほうと感心したようでもありながら、団長は言った。

 何かと思えば、分断された辺境伯とその周りの隊が、そのまま国王の方向へと突き進んでいる。


 それは確かに強引だった。

 柄の長い武器を持ったギールが前面に出て、凄まじい勢いで振り回す。相手に命中させることなど二の次にして、とにかくその武器の射程を最大に保ち続ける。

 わざわざそんなものへ当たりに行く、王軍の兵士も居るわけがない。かといって止める手立てもなく、遠巻きに牽制するに留まった。


 いわば幼い子どもが駄々をこねて、腕を振り回しているのと同じようなものだ。当人がそれをやめるまで、痛い思いをせずに止める方法はそうそうないだろう。

 相手が子どもならば放っておくなりご機嫌を取るなりも出来るけれど、これが戦場にあるギールでは冗談にもならない。

 じりじりと、近衛騎士たちとの距離が縮まっていった。


 ギールたちが道をこじ開けたすぐあとを、辺境伯は右手に剣を提げて悠々と歩く。

 一見には、総指揮官であり首謀者が不用心としか思えない。でもそこに油断や隙を見つけることは、ボクには出来なかった。


「儂を無視して通ろうとは、虫が良すぎるであろう!」


 数多響く激しい戦闘の音を切り裂いて大喝したのは、やはりワシツ将軍。近衛騎士から借りたものか、槍を手にして立ち塞がった。

 頭上でぐるぐると槍を回し、最後に穂先をびしりと決めた。その方向はまっすぐに、辺境伯の喉元に向かっている。


 ただその槍は、ギールたちの長い腕と長柄にせめても対抗しようとしたのだろう。すぐに目の前に居るギールに目標を変えて、将軍はまた一歩踏み出した。が、しかしギールは将軍に刃を向けなかった。並んで進む列がそこだけ空いて、将軍は目標を失う。


 これはどうしたことかと、将軍も戸惑っただろう。でもその意味は、すぐに分かった。

 辺境伯は黙って将軍の前に足を進め、静かに剣を構える。まるでそれは、最初から決まっていた儀式のように。


「将軍とは、自分で戦うつもりだった――?」


 誰に聞いたわけでもなかったけれど、そのまま誰も答えてくれないと、やはり不安感はある。

 推測があまりにも的を外していて、呆れられているのだろうか、とか。


 でもメルエム男爵やミリア隊長の顔を見る限り、そういうことではないらしい。二人もやはり、どうしてわざわざと疑問に思っているけれど結論が出ていないようだ。


「ふん。儂を名指しというなら、さもあろうと言うところだがな。そうではないようだ、この強欲めが!」

「察しは良いようだがな。老いぼれが粋がっていないで、さっさと道を空けろ」


 剣しか持っていない辺境伯に対して、将軍はすぐさま槍を捨てた。腰から剣を抜くと、二人は互いに走り寄って剣を打ち合う。


「察しがいいって、どういうことでしょう」


 また答えはなかった。今度はちゃんと視線を向けて聞いたのだけれど、男爵は一瞬だけこちらを見て、また二人に目を戻した。

 それから何合か、互角に見える勝負を見ていた男爵がようやく口を開く。


「恐らくだけれど……」


 その一言を言って、また一呼吸が置かれた。将軍の剣が、辺境伯の胸当てをかする。


「辺境伯は、国王陛下を丸裸にしたいのかもしれない」

「どういうことです?」


 裸と聞いて二人の王子のことが思い浮かんだけれど、それと同じ意味ではないだろう。将軍と戦うことは、どう考えてもそこに繋がらない。


「辺境伯が言っていただろう? 自分と陛下は同等だと」

「ええ、そんなことを」

「でも実際には、王家の直轄領だけと比べても経済力に差がある。それに動かせる人員にもね」

「主だった人を倒してしまえば、本当に同等だと?」


 そんな無茶な。それを実行したところで、実際に国王として君臨している人と、自分の領地を治めているだけの人とでは全然違うだろうに。

 というかそこが並ぶことに、どれほどの意味があるのかと思う。

 目的があるのだから、そのために必要なことだけをやったほうが良くないだろうか。


「二つあるのだけれど――ひとつはたかだか一領主にそこまでの余裕を見せつけられれば、陛下に取っても側近の方たちに取っても、そのダメージは計り知れない」


 ……なるほど。大国ハウジアともあろうものが、その程度だったのかと他の国から侮られる。それは単に国王が個人として辱めを受けるよりもよほど意味が深いし、あとあとを思えばとんでもない影響が発生することだって考えられる。


「そこまでしますか──。それにその上、他にもあるんです?」


 国として、王として。それぞれそれ以上にとなったら、一体何をすれば復讐になるのか。

 もう一人一人を順に暗殺するくらいしか思いつかない。でもそれを辺境伯が選ぶことはないだろうとも思う。

 死なせてしまっては、恥ずかしく思わせることが出来ない。


 男爵は、もう一方を言うことを躊躇った。それほどに残虐な、凄惨な何かかとボクは構える。


「陛下の命令なのかは存じ上げないけれど、その名のもとにずっと伏せられてきたんだ。辺境伯が陛下の支配下にないとなれば──そうすれば、もう自由だということじゃないかな」


 誰が。

 何について。

 それを問い直す必要はなかった。


 その人のためだけに。ただ、ただ――。

 ひたむきな辺境伯に、ボクは切なさと虚しさを感じずにはいられなかった。

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