第240話:その理由

「どうしてメイが、一人でどこかに行ったと思ってるのお?」

「養生していたアジトから、居なくなったことです? まさかボクのために?」

「そおだよお」


 なんだ分かっているのかという風に、コニーさんはボクの腰をぺちぺちと叩く。

 あの時はそれまでのアジトが崩壊して、メイさんはそこで負った傷のために小さなアジトで治療に専念していた。

 専念というか、動けなかったというほうが正しいみたいだけれど。


 その間にボクはジューニに行ったり、首都での騒ぎに巻き込まれたり――いくつかあったけれど、所在不明になったりはしていない。そもそもそんな話を、いちいち誰かがしていたとも思えない。

 だからボクを探しに出かけて、すれ違いになったとかではないはずだ。


 ううん――やっぱり誰かが何か言ったのか?


「そうなんですか……それはありがとうございますと言えばいいのか、すみませんと言えばいいのか。でも、どこへ何をしに行ったんです? 結局はガルダで会いましたけど」

「みゅみゅう――内緒みゅ!」


 腕組みをして、頬を膨らませて、口を堅く結ぶ。メイさんが恥ずかしがる素振りというのは、意外と珍しいかもしれない。

 彼女はいつも堂々としていて、人前だろうが何だろうが物怖じしない。


「アビたん、メイに何か言わなかったあ?」

「ええ? ボクがです?」


 言ったのはボク? 何か言ったっけ……。

 そもそもメイさんがどこかに行ってしまったタイミングには、ボクはサマムに行っていた。

 何をも言うことなんて……


「あ──」

「何か思い出したあ?」


 メイさんのお見舞いに行ったとき、何か言ったような。

 たぶんフラウのことで悩んで、ぐちゃぐちゃと頭の中にあった言葉を適当に吐き出していた気がする。

 何を言ったんだろう。それでメイさんを動かしてしまったなんて。


「すみません。フラウのことを何か言ったんだと思うんですが、思い出せません」

「覚えてないのお? アビたんがあ?」

「ええ、すみません……」


 確かに記憶することが得意ではあるけれど、それは意識して覚えようと思ったことか、強く印象に残ったことが主になる。

 あの時はもう頭の中がごちゃごちゃで、メイさんに言ったこと以外もかなりあやふやだ。


「覚えてないなら良かったみゅ」

「そんな、教えてくださいよ。ボクは何を言いました?」

「教えないみゅう」


 ほっとした様子のメイさんは、そのまま返答を避け続けた。

 そのうちにまたニズの音が響き、王軍と辺境伯の軍はそれぞれ前進を始める。


「お願いします、教えてください。ボクはまさかメイさんに悪いことをしてしまったのかと、悩みながら戦場に居ることになります。それが気になって、死んでしまうかもしれません」

「それは駄目みゅ! 死んだら泣いちゃうみゅ……」


 こんな風に言うと、メイさんは断れない。それこそこんな手を使うのはメイさんに悪くて、今まで使ったことはない。

 でも、悩んで気を取られて死んでしまうは言い過ぎだけれど、もし──何かあった時に後悔もしたくない。

 だからそうでもして聞き出そうと思った。


「みゅうう。アビたんが死んだら困るから、言うみゅ」


 渋々というか拗ねたような顔のメイさんに「すみません、ありがとうございます」と返す。

 彼女はもじもじとしながらも、いつも通りにはきはきと教えてくれた。


「アビたんが何て言ってるのか、メイも全部は分からなかったみゅ。でも、フロちのことで困ってるのは分かったみゅ」

「ああ──やっぱりフラウのことですよね」


 恥ずかしくて、顔を手でこすってごまかすしかなかった。メイさんはともかく、コニーさんがにやにやと見ているのが、また何ともだ。


「フロちが誰か分からなくて、アビたんは何をしてあげればいいのか分からないって言ったと思うみゅ」

「はあ、言ったような気がしてきました。それで──」


 なるほど……。

 ここまで聞けば、もう分かった。メイさんはボクのために、あんな酷い状態なのも考えずに動いてくれた。

 申し訳なくて、嬉しくて、込み上げる涙を何とか堪える。


「だからメイが、聞きに行ったのみゅ。フロちがどこに居るかも分からないって誰か言ってたみゅ。でもメイなら探せるみゅ」


 ふらふらの体で、よろよろとアジトを出ていくメイさん。その様子が、ボクのまぶたの裏に浮かぶ。

 壁を伝って、鼻をひくひくとフラウを探して。


 きっとワシツ邸から、フラウはエストトゥードを運ばれたのだろう。

 その匂いを辿って、メイさんはガルダの森に向かった。


「そういうことらしいよお。おいらはあの山賊のお兄さんが、メイを匿ってるのを見つけただけなんだけどねえ」

「セルクムさんが──」

「お腹が空いて、動けなくなっちゃったみゅ」


 えへへと、メイさんは笑う。

 でも、きっとそうじゃない。メイさんは本当にそうだと思っているのかもしれないし、実際に空腹でもあったのだろうけれど。

 あの負傷で、食べる物もちゃんと食べられなくて、そんな無茶をすれば倒れて当たり前だ。


 もう、限界だった。


「メイさん……メイさ……」

「ど、どうしたみゅ!?」


 急にぼろぼろと泣き出したボクに、メイさんは戸惑っていた。


「すみません。ありがとうございます。すみません。ありがとうございます」

「いいみゅ! メイはアビたんが困ってるのが嫌だっただけみゅ! 泣かないみゅ!」


 ボクはこの先、フラウと一緒に居る。

 でもそのために頑張ってくれているみんなに、何が出来るだろう。


 今そんなことを考えたって、仕方ないみゃ。気が早いみゃ。と、トンちゃんなら言うだろう。


 そうだ。まだここは戦場で、何が起こるかは分からない。メイさんに頭を撫でてもらっている場合じゃない。


 水袋の水を頭から被って、ボクは熱を持った頭と顔を冷やして言った。


「メイさん。明日、何かおいしい物をご馳走しますね!」

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