第238話:戦う理由

「そなたの計画では、余は何をすることとなっておるのかな」


 話を進めようとする国王を制止しようとする侯爵の声は、もう小さく霞んでしまうほどだった。


 王が良いからと言っても、それでも忠言をするのは、きっと侯爵が本当に国王を主として認めているからだろう。

 国王もその侯爵を無視はしていない、まあまあという風に手で制して、団長に先を促した。


「んにゃ? もう聞いたはずにゃ」

「ワシツから、目論見は聞いておる。しかし具体的に、この場でどうしようという案があるのではないのか?」

「そんなものはないにゃ。あたしたちはあたしたちで勝手にやるから、王さまたちも勝手に頑張るといいにゃ」


 国王は「ふむ」と、口を閉じた。

 横暴とも言える言い分に、怒った様子ではない。何を言ってるいるのやらさっぱり分からないと、戸惑っている様子でもない。

 勝手に頑張れと言われたから、どう頑張るのか考えているようだった。


「それではこちらが、もう好きにしてくれと諦めたらどうするのか。そなたたちも困るのではないのか?」

「それでも構わないにゃ。あたしたちは辺境伯だけを誘拐して、とっととよそへ行くにゃ。フロちを正気にするには、それで十分だにゃ」


 そう聞かれるのを予想してでもいたかのように、団長は僅かな間もなく答えた。

 ここまで問題にしてもらえないことは予想していなかっただろう国王は、目を何度か瞬かせて、次の言葉を探している。


 そりゃあ――国王がどっちを向いていようが知ったことかと考えていて、それを実行出来る人と会って話したことなんてないだろうからなあ。


「大した自信だ。しかしそれでは、なぜ今すぐにそうしない。そう出来る力は、あると見えるが」

「王さまは諦めないにゃ。あたしは王さまのところの、カテワルトが好きなのにゃん」


 今度こそ、団長の言葉に国王は驚いていた。

 ここから逃げないのは、今のカテワルトが好きだからだと。目の前に居る国王が国を放棄すると言わないのであれば、それを守ると団長は言った。


 国を治める人たちからすれば、たかがと頭に付く盗賊がそんなことを言うとは、思いも寄らなかっただろう。

 偉い人というのは、身分の低い人の言動が予想を外れることなど考えていない。その当人に対して、良く思っていようが悪く思っていようが、だ。


「はっはっ、これは参った。こんな美しいお嬢さんにそんなことを言われては、我らもどうにか勝手に頑張らねばならんようだ。フォルト、策はあるか」

「この期に及んで、搦手はありますまい。正面衝突と、精々が側面からの揺さぶりといったところですな」


 髭を撫でながら話すワシツ将軍も、団長の言ったことを気に入ったらしい。まさか奥さんを裏切るようなことを考えてはいないと思うけれど、にこにこと団長を見つめている。


「うむ。側面は誰が赴くか」

「本来であれば兵力的に儂が適任でしょうが、それでは正面が持ちますまいな」

「そう思う。儂はまだ兵の配置を把握しておらん。名乗りを上げよ」


 その指示に答える声は、中々上がらなかった。

 それも当然、第三軍と騎士団は遠征の帰りからのこの戦闘で、もうぼろぼろだ。それを補うために、ワシツ将軍は正面に回ると言ったのだ。

 そうなれば、残るは近衛騎士とユーニア子爵の隊しかない。


 近衛騎士が国王の傍を離れる選択肢は、それこそないだろう。となると自動的に、側面はユーニア子爵だと決まっていた。


「畏れながらそのお役目。半端な部隊ながらも、私にお任せいただけますよう申し上げます」

「おお、ユーニア子爵。やってくれるか」

「思えば昨日、大言を吐きましたのに叶っておりませぬ。その失敗を、せめても償わせていただきたく」


 分かりきっているのだから、子爵はすぐに言えば良かっただろうに、とか。国王も「やってくれるか」なんて白々しいことを、とか。

 どうも言ってはいけないらしい。


 中身はどうあれ表向きは警備隊を刈り出したに過ぎない子爵が、正規の兵力を持った人たちを差し置いて名乗りを上げるわけにはいかない。しかもこの場に居るのは、子爵よりも上位の人たちばかりだ。

 そんな七面倒臭い話を、げっぷが出そうな顔でミリア隊長が教えてくれた。それはもちろん、こそこそと。


「ではそなたたちも、子爵と息を合わせるがいい。共に動くも動かぬも、自由にして良い」

「承ったにゃん」


 大筋の動きが決まったところで、ボクたちはあっちに行っていろと言われた。

 別に内緒話をしようというのでなく、あとは細かい編成の話だから門外漢が聞いても意味も分からないだろうと。


 ユーニア子爵も「今更、話し合うことも特にあるまい?」と確認するだけはして、ヌラと一緒に自分の部下たちのところに帰った。

 影の部隊のことなんて国王は知らないのだろうけれど、結果としてそちらと組めと言われたのは良かったのだろうと思う。


 あれ。そう言えばクアトたちの姿が見えないけれど、どうしたんだろう。他の人の目に触れないように、隠れているのかな?


 それからもう少しだけの時間を使って、ようやく準備が整った。合図のニズを王軍が鳴らすと、辺境伯の側からも返答の音が鳴る。

 戦場に吹く風は相変わらず強く、日没まではもう間がなかった。

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