第235話:辺境伯の真意

「うむ、許す」

「寛大なお言葉を、ありがとうございます」


 国王の会話に割って入ったのだから、ユーニア子爵が無関係なことを言うとは誰も思っていないだろう。それもそこまでするのだから、どちらかの言い分を援護する内容のはずだ。

 どちらの言葉を信用すべきか、王に自分の意見を述べなければならないプロキス侯爵の期待の目が、ボクの同情を誘う。


「メルエム男爵においては、軍団長であるプレクトス伯爵の命にて行動中にこの反乱を察知された由。しかしながらあまりにも情報が不確実、かつ限定的であったために、自身で調査することを選ばれたのです」

「ほう、その限定的な情報とは?」


 子爵は男爵の援護に回った。内容は真実を混じえながらの嘘八百だけれど、まかり間違って男爵に何らかの非があるとされれば、一時的にでも部隊長として動かした子爵にまで累が及ぶかもしれない。当然のことではあった。


「当家に協力してくれていたエリアシアス男爵夫人を誑かし、これまで悪事を働かせていたこと。その上で誘拐の形で身柄を拘束し、今回の反乱に利用したこと。その二点でございます」

「どうしてそれが分かったのか。不確実というところか?」


 あ――嫌な予感がする。


「陛下がお話あそばされた、そこな少年。彼が奇遇にも男爵夫人に同行したジューニにて、そのような気配を見聞きしたと聞いております」

「メルエム男爵。この話、真か」

「は――過分に評価いただいております嫌いはあるものの、大方でその通りにございます」


 腰を折って、目を伏せて話す子爵に倣うように、男爵も同じ姿勢を取った。

 二人ともが痩身で、すらとした丈を持っていて、間に堂々と威厳を持って立つ王が居る。

 その光景が、一つの絵画のように見えた。主神に忠義を示す戦神たちを描いた物に、こういうのがあったはずだ。


 そんな話、ユーニア子爵にした覚えはないのだけれど…… などと思いながらも、ほわあ――と感動を覚えずにもいられなかった。


「プレクトス。聞いた通りだが、これに反論はあるか」

「失礼ながら、子爵の言には何らの証拠も示されておりません」

「証拠は男爵がお持ちです」


 伯爵のその反論を待ち構えていたように、間髪入れずに反論があった。

 そうなれば当然に国王や伯爵の視線が注がれ、もちろん隠す必要もないだろうけれど、男爵はそそくさと腰袋を探る羽目になった。

 さすがに慌てたのか、探し物はそこでなかったらしい。思い出したように胸当ての紐を緩めて、懐を探す。


「こちらにございます」


 差し出されたのは、ボクたちが行ったレリクタで見つけた封筒だった。

 そういえば字が汚いからと男爵に渡したきりで、署名が辺境伯だったこと以外はその中身も全く聞いていない。

 何が書いてあったんだろう。


「――辺境伯の署名、ですな。内容は……」

「ユヴァ王女の真実が公表されたあかつきには、全ての領地を王家に献上すると――遺書にございます。またその王位が、ヴィリス王子、リンゼ王子の両殿下に渡ってはならぬとも」


 封筒を受け取ったプロキス侯爵も頷いて同意し、国王は天を仰いだ。


「おお……何ということだ。あの者は己が命を用いて、王家を正そうとしてくれておるのか……」


 そうだったのか――。

 辺境伯の領地は、下賜された物でないと言っていた。つまり元からあれだけの領地を持っていながら、王家の下に即いて協力してきた家だということだ。

 そんな家の当主が、領地を全て王家に譲渡する。つまり自分の全てを捨てて、私利私欲なくやっているのだと。

 そこまでするほどにユヴァ王女のことを。


 ……うん? だったら、おかしくないか?


「家を滅してでも、王家の基盤を叩き直してくれようとは。その手段は間違っておっても、これは一つの忠義である。余はそう思うのだが、候はどう思うか」


 少しの間のあとに、国王は言った。

 これをプロキス侯爵も、感じ入ったように何度も頷きながら「左様です。左様でございますな」と肯定する。


「違うでしょう」


 さらりと放られた言葉が、国王やその周囲の人々の感動に衝突した。はっと表情を変えたその人たちは声の主を探し、その人物に国王が問う。


「どういうことか。何が違うのか説明せよ。そもそなたの疑いは深まっておるぞ、プレクトス伯爵」

「そうでしょうね」


 プレクトス伯爵の話し方が、さっきまでと違っている。その態度に腹を立てている人も大勢見受けられるけれど、国王が問うているのに妨害する人は居ない。


「リマデス辺境伯は、純粋な人です。それこそまだ若い、青年のままのようだ」

「持って回った言はやめよ。何が言いたいのか」

「伯は王家を見限ったのですよ。自分という個人から、国とか王とかを切り離したかった。遺書ですからね。ユヴァ王女と冥土で会うには、邪魔だったのでしょう」


 プレクトス伯爵は微笑んでいた。別段に嘲笑めいたことはない。ただただ、にこやかに笑っていた。

 ボクはその表情に好感を覚えるくらいなのだけれど、状況が状況なのだから反感を覚える人が多いのは必然だっただろう。


「貴公。分かったような口を利いているが、最も大事な己の立場は分かっておるのだろうな!」

「分かっておりますとも。私はここに居てはいけない存在。その通りです」


 認めた。自身が不審者であると。

 近衛騎士が各々の武器を構え、プレクトス伯爵を威嚇する。メルエム男爵は自分の体を滑りこませ、国王の盾になる位置に着いた。


「いやいや、ご安心ください。そういう気はありません。一つお願いを聞いてほしいだけですよ」

「願い? 申してみよ」


 両手を肩の高さでひらひらと振る伯爵は、言っている通りに実力を以てどうこうという風には見えなかった。おどけていて、少々以上にプロキス侯爵辺りを小馬鹿にしているようには見えたけれども。


 ともあれボクは、はらはらしながらもどこか安心して見ていられた。


「ちょっといいかな?」


 伯爵は、振り返って手招きをした。国王や近衛騎士たちも、そちらに注意を分けた。

 すると今までどこに居たものか、小柄な人物がすすと進んで出る。


 大きなフードの付いたケープを被り、顔は全く見えない。草で編んだ籠を持った姿は、よく街で見かける花売りの女の子にしか思えなかった。


「このようなところに……花売りに何の用か」

「まあまあ」


 プロキス侯爵を宥めつつ、伯爵はその子の持つ籠から何か取り出した。


「これをね、陛下に食べていただきたいんですよ」


 伯爵が国王に示した物は、それほど大きくない一つの袋だった。


 

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