第233話:王への宣誓

「名は」

「アビスと言います」

「そうか、趣がある。住処はカテワルトか?」

「そうです。でも親の顔も知らないので、仲間と暮らしています。それがどうにかしましたか?」


 国王がボクなんかに何の用があるのか。ワシツ将軍がボクのことも話しているとすれば、それかもしれない。

 でもそれなら、こんな世間話みたいなことを聞くだろうか。


 ――おっと。プロキス侯爵が睨んでいる。口の利き方でも気に障っただろうか。

 ボクはそういう教育は受けていないのだから、そんな目をされてもどうしようもないのだけれど。


「――いや。いきなりも話しにくかろうと思っただけだ。大事ない」

「はあ――話すと言いますと、何をでしょう」

「ユヴァのことを聞いたそうだな?」


 ああ――。

 そうか、これだけ色々な人が隠そうとしていることを、ボクは知ってしまっているのだった。ワシツ将軍に聞いたからだけれど、どうであれまずいものはまずいのかもしれない。

 しらばっくれることには意味がない。かと言って「ええ聞きました」なんて、軽く答えて良いものでもないだろう。

 無意識に唇をぐっと噛んでいると「はっ」と枯れた笑い声が、短くあった。


「案ずるな。咎めようというのではない。もしそうであるなら、先にフォルトだ」


 何かを確かめようとはしたのだろう。その言葉を境に、さっきの威圧感がなくなった。笑みも優しいお爺ちゃんという感じの、人好きのするものに変わった。


 後ろに控えていたワシツ将軍が前に出て来て「儂をどうにかするおつもりか」などと、逆に国王を咎めている。

 王もこれを「そう、いじめるな」と、軽く捌いてみせた。

 戦友というやつなのだなと、理屈でなくボクに理解させる空気がそこにある。


「あの、色々と出しゃばってしまって」

「うむ。一切の何ごとも問題ないとは言えんがな。しかし余とてこの歳までに、一つの過ちも犯したことがないとは言わぬ。むしろ過ちばかりだ。その余が今のそなたに、何を言えたものか」


 ちら、と。国王の視線が、サバンナさんのほうへと向いた。キトルはそれほど珍しくなくとも、背が高くて筋肉質なサバンナさんは目を引いたのかもしれない。

 それとも――?


「それでだ。フォルトから聞いたが、全てそなたが考えたことか」

「すみません。失礼とかいう以前のことですよね」

「そうではない。繰り返すが、咎め立てしておるのではないのだ」


 ワシツ将軍が伝えた内容の要点だけを、国王はボクに言った。


「そなたが考えたことに相違ないか」

「そうです。ボクが思いついて、将軍にお願いしました」


 これ以上、また謝っても詮のないことだろう。意を汲まない阿呆だと思われても、損になるだけだと思った。

 実際のところは、国王がどこに話を向けようとしているのか、全く分からないけれど。


「うむ──どうして思いついた」

「どうして──すみません、ちょっと意味が」

「ふうむ。いかにも余が驕っているような話になるが、そのような話を国王に向けてすれば、首が飛んでもおかしくない。それも気付かなんだか」


 普通はそんなことを思いつかない。思いついたとしても、実行しようとはしない。

 そうだと思う。

 でもボクには、そうしなければならない理由があった。


「ボクはこれまで、誰かを大事に思ったことなんてないと気付いたんです。仲間は居ますけど、それはたぶん傍から見れば利用だったんでしょう」


 ミーティアキトノに入れてもらうために、苦労して団長を見つけだした。

 ただ会うためだけに、二年もかかった。


 でもそこまでして入団したのは、仲間が欲しかったとか、居場所が欲しかったとかじゃなかった。

 この人たちなら、ボクを変えてくれるんじゃないかと人頼みにしていた。


「今は違います。いえ──そう気付いて、そう思えるようになったのも、つい先日からですけれど。今は仲間のみんなが好きで、ただそれだけのために一緒に居たいと思えるんです」

「それは良い目覚めであった。自身で気付いたのか」

「違います。ある人に教えられました」


 こんな話をしていたら、目を向けまいとしても出来なかった。

 サバンナさんの背で眠り続けるフラウをじっと見て、また国王に視線を戻した。


「なるほど……その者を好いておるのか」

「はい」

「その者を、救ってやってくれるか」


 その言葉の意味を、聞いたほうが良かったのだろうか。

 きっと国王は、この話題を二度としないと直感した。もしあとになって聞いても、そんな話をしたかなと言うだろう。

 そもそも聞く機会もないだろうけれども。


 一つ呼吸する間に、その葛藤はあった。

 でもボクは、過去のフラウに拘らない。自然に知ったものなら、捨てはしない。でも無理に入れようとは思わない。


 ボクは今の──そしてこれからの、フラウが好きなんだ。


「絶対に。それがボクの生きる理由です」

「誓うな?」

「誓います」

「良かろう」


 国王は、にいと笑う。

 いたずらっぽくあり、いかにも意気軒昂でもあり、下町で遊ぶ子どもたちに表情が重なった。


「プロキス! フォルト! プレクトス! 千人隊長を集めよ! 軍議を行う!」


 ワシツ将軍のそれとはまた違う、よく通る声が突き通っていった。


 将軍の怒声を大きな太鼓や銅鑼に例えるとすれば、国王は大型の管楽器の音色だ。

 しばらく使っていなくて枯れかけた感は否めないけれど、昔は素晴らしい演奏を数多の戦場で成し遂げたに違いない。


「お待ちください」


 国王の命令で騎士や兵士たちが動こうとするのを、止める声があった。

 これも涼やかな音色で、最近ずっと聞いていた人物のものだ。


「おお、メルエム男爵もおったか。どうした」


 国王が話しているのに遠慮をして、男爵は数歩を離れていた。その距離をしなやかな足取りでつかつかと詰め、また僅かに腰を折って言う。


「畏れながら、申し上げます。この場に一名、怪しき者がおります」

「──何と?」


 男爵の言葉を、国王は疑っていないようだ。曲者はどこかと、老いた目に殺気が宿る。


「あなた。一体、何者ですか」


 男爵の指が、一人の人物を指し示した。

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