第227話:弄ばれる

「ちい……一歩及ばなんだか」

「将軍」


 一騎討ちを見守る人の間をかきわけて、ワシツ将軍がやってきた。

 ボクが声をかけると、「ああ、お主もここに居たか」と言っていたので、ボクやフラウを目当てに来たわけではないらしい。

 将軍からすると、正面に来たらたまたまボクたちが居ただけなのだろう。


「及ばなかったって、止める方法があったんです?」


 一騎討ちを行うというのは、あれよあれよという間に決まってしまった。

 ボクにはそれを止める理由はなかったけれど、もしも止めろと言われたら困っただろう。「やめてください」と言ったところで、やめるはずもないだろうし。


 どうするのだろうと疑問に思ったのを素直に聞くと、思いのほか将軍は苦々しげな表情を浮かべた。


「ええい、痛いところを突くな。儂が代わりにと言ったところで、笑われるのが落ちであろうなと、今更に思っているところだ」

「いえ、そんなことは――ええと、すみません」


 苦笑いを含んでいる辺り、本音ではあっても冗談でもあるのだろう。ボクが憧れる強者つわものは、不器用な人であるらしい。


「いや、すまん。安請け合いしたものの、どうにもこの体たらくでな。自分に腹を立てておるのだ」

「無理なことばかりお願いしているんですから。これからでもまだ何とかなりますよ」


 ワシツ将軍に相談したのは、主に二つ。

 一つは子爵たちの連合部隊を、味方につけることだ。これは一度は成功したけれど、今はまた辺境伯の側に寝返っている。


 もう一つはむしろこれが本命で、それが成就しなければ子爵たちを繋ぎとめる材料もない。

 将軍は王国の重鎮であり、国王とも主従である前に戦友という関係があった。だからそれ以上に適任という人物も、なかなか居ない。


 問題は、それも達成されていない。


「将軍はご自分の隊の指揮も執らなければですし──将軍が居なければ、もう皆殺しになっているかもしれません」

「世辞を言うな。しかし確かに、我ながら遊んでおったわけではない。隙のない男よ」


 帰還した王軍にいきなり襲いかかるということのないように、メルエム男爵にはその間に陣取ってもらった。


 おかげで反乱軍である辺境伯が町を背にして戦うという、妙な位置取りになってしまった。


 これでは将軍が戦場から離脱する猶予があったとしても、首都に行くことが出来ない。


「くっ──! このっ!」


 リンゼ王子は何度目になるのか、また地面に投げ出されて起き上がった。


 辺境伯は最初の姿勢のまま、王子が切りつけてきてやっと反応して、剣を振るうだけだった。

 頭上からだろうと、横薙ぎだろうと、突きだろうと、全てを一払いであしらっていた。


 それは王子の剣の振りよりも、辺境伯のそれが何倍も素早いことを示している。

 しかもかなり無造作に見えて、王子は剣を落とされないようにするのがやっとという様子だった。


 いや現実に何度かは弾き飛ばされて、つまらなそうに見つめる辺境伯の視線に耐えながら剣を拾いに行っていた。

 大人が子どもに稽古をつけているような、そんな実力差でも辺境伯は王子に攻撃しない。


 一騎討ちを望んだのは王子の側であって、これだけ適当にあしらわれては「もう殺せ」と言うことさえ出来ないと、メルエム男爵は悲痛に顔を歪ませた。


「これも意趣返しの一つ、ということでしょうか」

「そうと言えばそうであろうが……いたぶって遊んでおると言ったほうが良いかもしれんな」


 これも戦場の倣いだということか、こちらはただ厳然とした表情のワシツ将軍だった。


 確かにキトンがラトを捕まえても、なかなか食べようとしない時のような印象はある。

 でもあれは、まだ若いキトンが狩りの練習をしているのであって、遊んでいるわけじゃない。

 今の辺境伯はボクの見た勝手な感想ではあるけれど「思った以上に相手にならないし、どうすればもっと虐められるか」と、いたぶりながらその反応を見て考えようとしているとしか見えなかった。


 食材の店に来てから献立を考えようというのと、わけが違うのだ。

 恨みの深さと冷徹さが恐ろしくもあり、蔑む気持ちも深くなった。


 それから間もなく、また剣が飛ばされた。ちょうど十回目くらいだろうか。


「我が貴様に遠く及ばないのは分かった。貴様もそう感じただろう。そろそろ止めをさしてはどうか」


 言った。

 王子自身が言ったのではないにしても、自分の側から望んだ一騎討ちに実力を示すことも出来ず、王国の騎士の名を汚すとことになると男爵が言っていたそれを。


 どこかで諦めるのは仕方ないにしても、早すぎる。

 もちろん辛く苦しいのは、そうだろう。でもそこまでのものを背負っているなら……いや、ボクのことじゃない。他人が何をどう感じるのかなんて、分かるはずがない。


「こんな醜態で死ぬと言うのか」

「その通りだ。貴様の希望通りだろう」

「ふん──」


 辺境伯は刃に付いた僅かな血を拭って、鞘に納めた。

 情けをかける──わけはないかと思っていると、案の定だ。


「甘ったれるな!」

「ぎぎゅっ!」


 息が上がって立ち上がることも出来ず、膝を地面に突いていたリンゼ王子。

 その横面よこつらに蹴りが入った。


 軍装のブーツは重い。革自体も分厚く、金属板での補強も、あちこちにしてある。

 あのくそ度胸とやせ我慢のミリア隊長も、その一撃でしばらく動けなかったほどだ。


 美男子。とはいかずとも、それなりに整った顔のリンゼ王子。それがその一撃で砕け散った。


 ──いやそれは誇張があるけれども、頬の骨は砕け、一本や二本ではない数の歯も飛び散った。顔面も曲がって見える。

 鼻血も口から血を流すのも、ついでに鼻水や涙もぐちゃぐちゃのどろどろになって、王子は地面に顔を付けたまま動かない。


 あれは、痛いなんてものじゃないな……。


 はひゅう、はひゅうと、空気の抜けたような息はあるから、気絶しているのだろう。


「さあ、次はお前なのだろう?」

「……ふん」


 リンゼ王子が騎士に運ばれるのは無視して、退屈そうな辺境伯と虚勢を見せつけるヴィリス王子は向かい合った。

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