第226話:一騎討ち

「よし、そうしよう。よし、よし――」


 そう。は、なかなかならないようだった。

 リマデス辺境伯までがこの茶番に乗るかは別の話として、まずヴィリス王子がやるべきことは剣を抜き、その剣と王族の名誉に懸けて戦いたいと申し込むことだ。

 それ以外は何であれ、自身の延命作業にしかならない。


「よし――こうしよう」

「何を、でございましょう」


 何を、言い出すつもりだ?

 ボクはそう思ったのだけれど、ベラドル子爵もそう言いかけたのではと邪推した。

 意気消沈していた表情に、少しばかりの明るさが見えて、小狡いことなのだろうとは予想がついた。


「リンゼ。二人がかりといこう」

「……ええ? 兄さん、何を言っているんだ?」


 リンゼ王子でさえ、同意見らしい。


「リマデスは北で戦い続けてきた家だ。技も勘も我らより長じているのは当たり前だ」

「それはそうだろうね。事実は認めるべきだ」

「だから二人がかりでと言っている。ああいや、慌てるな。一度にじゃない、順番にだ」


 一騎討ちとは、一人と一人が戦うから一騎討ちと言うのだ。と、リンゼ王子はその辺りを重ねようとしたらしい。しかし順番にであれば、一つひとつは一騎討ちと呼べなくもない。

 ボクの聞いているところで言えば、そも一騎討ちとはお互いの名誉がかかっているのだから全力を尽くすべきであり、行う前にもあとにも内容にとやかく言わないのが作法だそうだ。


「ううん――仮にそうするとして、じゃあ兄さんが先に?」

「何を言っている。お前が先に決まっているだろう」

「決まっ――いつ決まったんだい?」


 慣れているからか、リンゼ王子にはいくらかの堪え性があるらしい。

 表情には「兄さんが何を言っているのか、全く分からないよ」とありあり出ているけれど、出て来る言葉を聞く限りは落ち着いた大人の雰囲気を崩していない。


「いつも訓練の時に言っているじゃないか。お互いに得意は違うけれど、剣は自分のほうが長じていると。我もそれを認めている」

「言ってな……言ったけども。だから先に?」

「そうだ。叛徒とはいえ敵とはいえ、格上の相手には相応の対応をするべきだ。それが結果として、物足らぬと思われてもな」


 深く。リンゼ王子は「はあ──」と、ため息を吐いた。

 本当に慣れているのだろう。「勝手なことばかりを言うな」と怒るのが普通だと思うのに、そういう素振りはない。

 いや兄弟やら家族の間では、それでも怒らないのが普通なのか?


 ボクの理解は別にして、リンゼ王子は困ったなという表情で辺りを見回す。そこに見えるのは、きっとボクとそれほど変わらない景色。

 どうなるのか、どうするのかと窺う騎士や兵士の顔。黙して結論を待つ、ベラドル子爵。そんなことなど関係なく、目の前の兵士をいたぶるギール。

 侮蔑と怒りとをも共存させて嘲る、リマデス辺境伯。


 もうこうなれば、順当とか道理が通っているかとかは関係ないのだろう。

 みんなあなたに期待していますよ、どうするんですか、と。

 無責任極まりない、責任を求める意思がリンゼ王子を縛り付ける。それは誰か一人のものではなくて、互いが互いを、或いは当事者であるリンゼ王子が勝手に、思う先を忖度しあって作り上げた概念だ。


 そのままそうとは誰も思っていない。けれども突き詰めれば、そういうことになる。針の筵とはこういうことかと、震えそうになった。


「………………まあ。ここからただ無事に帰れると思うほど、おめでたくもないからね。分かったよ」

「期待している」

「皮一枚くらいは、傷付けられるといいけれどね」


 リンゼ王子が潔い人物かどうか、この件では分からない。他に選択肢など全くない状況で、そうしないということも出来なくて、焼けた石を掴まされただけだから。

 強いて言うなら「どうして自分が」と癇癪を起こさなかった点だけは、そうと考えて良いだろうけれど。


「リマデス! ハウジア王国が王位継承者の一人。リンゼ・アルゼン=ハウゼングロウである!」

「知っている。やるのだろう? 構えろ」


 名乗り合いなど、しないらしい。一騎討ちの相手はするが、そこに名誉など懸けさせてやるものか。そういうことだろうか。

 辺境伯は立っていた位置から傲然と足を運び、リンゼ王子の正面で止まった。

 二人の間は、二十歩ほどあるだろうか。辺境伯はそこまでの間に、兵士をいたぶる作業を中断させた。


「あれが気になって集中できなかった、などと言うなよ。何なら、気持ちが落ち着くまで待ってやろうか?」

「不要だ」


 騎士から盾を借りて、リンゼ王子は広刃の剣を胸の高さに構えた。

 剣のことはよく分からないけれど、たぶん攻めを主体とした構えなのだろう。防御に不安定そうに見えるけれど、いざボクが攻めるとなったらどこを狙えば良いものか判断が難しかった。

 訓練をしているというのは、本当のようだ。


「合図を」


 同じく広刃の剣を抜き、柄尻に左手を添えるという変わった構えを辺境伯はした。両手で握るのでなく、添えているだけだ。

 刃も地面に向けられて、構えとは言ったもののどういう狙いがあるのか理解出来ない。無造作に提げているだけと言っても良いくらいだ。

 しかしそれをどうこうと言う意味はない。合図を求められたベラドル子爵は、大きく息を吸い込んで、これでもかというくらいの大音声を発した。


「始めえぇっ!」

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