第214話:兵士の価値
リマデス辺境伯に味方することを宣言した子爵たちの連合部隊は、文字通り攻める矛先を変えた。
それまで隣合って戦っていた、ワシツ将軍の隊の側面を突く形になる。
彼らはこの反乱が表立った最初から辺境伯に協力する姿勢を見せ続けていた。
きっとワシツ将軍だって、説得したところでまた寝返ることは予想していただろう。
だから被害は最小限だとは思うけれど、辺境伯の後方に対してだけで言えば有利に進んでいた戦闘がひっくり返った。
ワシツ将軍は正面と側面の両方を抑えなければならず、更に隣に居るメルエム男爵の隊もそれを無視できない。
二つの部隊は歩調を合わせて、二正面にならない位置までじりじりと後退しつつあった。
「気にしても、どうしようもないに」
「行くならとっとと行って済ませるみゃ。それが一番手っ取り早いみゃ」
二人の言にはミリア隊長も頷く。それが正しいことは、ボクだって分かる。
でも提案したのはボクなのだ。何も気にしないというのはかなり難しい。
だからと言って、今更ボクに出来ることはない。サバンナさんが言ったほぼそのままを、自分に言い聞かせる。
込み上げてくる罪悪感を、深く呼吸することで落ち着かせる。
「お待たせしました。行きましょう」
「いえいえ。では──前へ!」
ミリア隊長が自身の部下五人に発した声を合図に、ボクたちは進み始めた。
先頭はメイさんとトンちゃん。その後ろにボクとサバンナさんが続いて、ミリア隊長たちが着いてきてくれる。
その他の団員は、その周りにばらばらと自由に歩く。
軍隊ではないのだから、整然と隊列を組むことに意味はない。きっとこれでいいはずだ。
フラウはサバンナさんが背負ってくれている。
本当は背が高くて目立つサバンナさんではなく、メイさんに背負ってもらったほうがいい。
でも今、彼女は片腕が使えない。
──遠巻きにしていた辺境伯の兵士の武器が届く距離になっても、もちろん足を止めることはない。
向こうからすれば、降って湧いたようなキトルだらけの敵。まともに相手をしたくないのが正直なところだろうと思う。
でも戦場でそれが許されるはずもない。各々が剣や短槍を突き出して威嚇する。
「邪魔みゃ」
無造作に足を運ぶトンちゃんの素直な感想は、相手にとって挑発の言葉となる。
「このおっ!」
気合いと共に振られた刃は空を切って、その兵士の後ろに回ったトンちゃんの手刀が首を打ち付けた。
「あんたらと戦う気はないみゃ。それでもかかかってくるなら、次は容赦しないみゃ」
普通に話す声量で、トンちゃんは言った。少し離れた兵士には聞こえていないだろう。
これでは、もし「じゃあ通って構いません」となったとしても、周りの兵士が黙っていない。
目の前に居る兵士たちを板挟みにしただけだ。
そうなった兵士たちがどういう反応になるかと言えば──。
「かかれえっ!」
「包み込めっ!」
なかったことにするために、一斉にかかってくることになる。
「やれやれ、警告はしたみゃ? メイ、力いっぱい遊んでやるみゃ」
「いいのかみゅ?」
「死にたいらしいみゃ」
言ったトンちゃんは、もうその爪を存分に振り回して一度に数人の首を掻き切った。
切り口が鋭利すぎるせいか、切られた兵士たちは何秒か遅れて足をもつれさせ、倒れる。
「ううん……トンちゃんが言うからやるみゅ」
メイさんは自分の力が、ハンブルにとってどういうものか自覚している。
だからトンちゃんにあんな風に言われたら、嬉々として遊ぶどころか遠慮してしまう。
でもトンちゃんが意味もなくそんなことを言うはずもない、とも理解している。
遠慮しつつ、期待に答えようとするメイさん。その状況で彼女はどういう行動を取るのか、予想がつかなかった。
「じゃあ行くみゅ。死なないように頑張るみゅ!」
その言葉は、なるべくうまく手加減するという意味と、なんとか耐えてくれという意味と両方だろう。
メイさんの突き出した手の平は、最も近かった兵士の胸を捉える。
その兵士は
しかもただ飛ばされただけでなく、直線上に居る兵士を何人も巻き込んで、遥か彼方でようやく止まった。
その軌跡を、すぐ近くに居た兵士たちは視線でなぞった。
その最後に折り重なって倒れる兵士たちの腕や脚が、曲がってはいけない方向に曲がっているのを見て青ざめる。
「これで引き下がってくれるかに?」
「そうもいかないでしょう」
ミリア隊長の言った通り、ごくりと唾を飲み込んだ兵士たちは、これまで以上に覚悟を決めた顔で向かってきた。
「どうして! 敵わないのは、もう分かったじゃないですか!」
「忘れたんですか。ここに居るのは、辺境伯が温存した秘蔵の兵たちですよ」
忘れてなどいない。たぶんこの兵士たちは、辺境伯がどれほどの恨みを持ってこの反乱を起こしたのか知っているのだろう。
この戦場で名を残すこともないただ一人の兵士としてでも、協力しようとここに来ているのだろう。
「だからって、死ぬのが仕事じゃないでしょう!」
「死ぬのが仕事なんですよ。兵士とはそういうものです。一人の命で、敵を何秒止められたかが彼らの価値です。もちろん私たちも」
その意味するところに、ボクは何も言えなかった。
そんな馬鹿な話があるものかと、思い浮かんだ言葉も言ってはいけないと悟った。
それを言ってしまえば、その価値とやらでさえ、ないものだと言うことになる。
「こうまでしても、止めなければならないと認められたのでしょう。光栄なことです」
全く誇らしげではない、悲しそうなミリア隊長の顔を見ていられなかった。
「走りましょう。関わる兵士を、なるべく減らすように。いいですね?」
「構いませんよ。でも持久力には自信がありますが、速度は絶対に無理ですから。お手柔らかに」
彼らは陣形の中で動いている。そもそも居る場所から、限界なく追ってくることはない。
ボクたちは辺境伯の居るだろう前方まで、休むことなく走り続けた。
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