第213話:目覚めの鍵は
「目的は果たしたのかに?」
「ええ、ここに」
格子板にもたれて座らせているフラウを、抱き起こすようにしてサバンナさんに答えた。
サバンナさんはボクにとっても姐御と呼びたいと思える、とても親切で温かい人だから。子どものように、褒めてもらいたいと思ったのかもしれない。
「よくやったに。あとはここから逃げるだけだに」
眼光だけで人を殺せそうな、きりとした顔がくしゃくしゃに笑ってくれた。
やっぱりいいな、この人は。嬉しいことを言ったら、嬉しいと喜んでくれる。きっとそれが当たり前なのに、この人ほどそうだと示してくれるのも珍しい。
「でも大丈夫かに?」
「ええ……全然目を覚まさなくて」
サバンナさんの手が、フラウの頬を優しく叩く。続けて脇の下辺りを、指でぐっと押したりもした。
それでも硬く閉じられた目が、開く気配はない。
ギールたちとの時間が始まってすぐ、コニーさんが気付けの薬を飲ませてくれていた。しかしそれも、未だ効果を示していない。
これだけの騒ぎの中、揺すられようがなんだろうが、全く反応がないのはどうなのだろう。
「薬が効きすぎてるだけじゃない気がするに」
「サバンナも、そお思う?」
二人が難しげな顔を見合わせて、頷いた。言葉はそれだけだったのに、意見は一致したという風にサバンナさんは言う。
「あたいは団長みたいに、ものを知ってはないから勘だけどに。何か強力な、暗示みたいなものがあると思うに」
「暗示? 眠ったままにするような、です?」
「いや。こうしなければならないっていうことと、絶対にそれをしてはいけないっていうこと──かに? この子の中で、何かそういうものが反発してるんだと思うに」
ものを知らないなんて謙遜しているけれど、サバンナさんはあちこちを歩き回って色々な体験をしている。
実体験からの予測なのだから、無視など出来るはずがない。
「ええと……フラウの心の中で、どうすればいいか分からなくなってる──みたいな話です?」
「そういうことだに。父ちゃんと母ちゃんがそれぞれ反対のことを言って怒られて、困ってる子どもみたいな感じだに」
「なるほど……?」
最後の例えはよく分からなかった。特にボクだからかもしれないけれど。でもまあ、なんとなく言いたいことは分かった。つまりは出るに出られないということだ。
それならその暗示だか何だかをかけただろう張本人に、解いてもらわなければならない。
とするとまた、リマデス辺境伯に会うのか……。
サバンナさんの見立てを、疑ってはいない。でもそこから出てくる答えには、違和感があった。
あの人の最後の様子からして、そんな後腐れがあるならどうにかしていった気がするんだけど……。
「分からんことを悩んでも、仕方ないに! 辺境伯に頼んでみるに!」
がははと、笑い声が響く。
この適当さ──ではなく豪快さも人気の一つなのだろうと思う。
ばしばしと肩を叩かれるのは痛いけれど、はっきり方向を示してくれるのは有り難い。
「じゃあ行くとしよおよ。それで、あの光るやつをおいらにもやらせてよ」
「好きなだけやるに」
サバンナさんが応じると、筒を持っていた近くの団員が渡してくれた。コニーさんは「へえ、軽いもんだねえ」などと弄り回す。
「あの、ボクも──」
実はボクもやってみたかった。コニーさんがあっさり軽く言ってくれたので、言いやすくて便乗してみた。
「もちろん構わんに。百個もあるから、どんどんやるに」
「あれ?」
応じてくれたサバンナさんだったけれど、その周りの団員の表情がおかしい。にやにやと、何かをごまかすような笑み。合うことのない視線。
「まさか――?」
「すまない姐御! それで最後だ!」
「もう全部使ったのかに!?」
さすがのサバンナさんも驚いた。
成り行きとはいえお高い買い物として手に入れた物を、気前良く使い過ぎだろうとボクも思う。
これはお叱りの一つもあるのかもしれない。
「まあ使ったものは仕方ないに。それは二人で使うといいに」
「いや、どうやってですか。紐を引くだけなのに」
また豪快な笑いが返ってくるだけだった。
いや別にいいけれども。ちょっと興味を覚えただけだし。そもそもそんなことより大切なことだって、ボクにはあるわけだし。
くううっ。
「……さあ。話が決まったなら、そろそろ行きましょうか?」
「あ、そうですね」
辛抱強く待ってくれていたミリア隊長が言った。
サバンナさんとも面識があるのか、互いに「やあ」というくらいの挨拶をしたきり、微妙そうな距離感を保っている。
「どこへ行くに?」
「え? どこってそれは――」
「目指すはリマデス辺境伯。王軍と衝突している、その最前線――でしょうか?」
さらりとマイルズさんが、答えを言ってくれた。それはボクにも分かっていたのだけれど、あらためて聞かれると戸惑ってしまった。
自分が、今、何をすべきか。それをいつも分かっているということが、いかに大切で難しいことか。団長やトンちゃんにも、よく言われる。
戦場に身を置くことの多い軍人ならば、またそれは当然のことなのだと思う。
ここに居る人も居ない人も、ボクには出来ないことを出来る人たちばかりだ。
その人たちが、ボクはどうしたいのかを聞いてくれる。言うまで待ってくれている。それがどんなに得難いことなのか、噛みしめながらボクは言う。
「リマデス辺境伯を、捕まえに行きます!」
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