第212話:姐御は閃光と共に

 今日という日は戦争なんかやっていないで、どこかピクニックにでも行けばいいような陽気だ。

 でも実際には緑の平原と青い空の間で、灰色の武具を纏った人間たちが殺し合っている。

 灰色にはあかが加えられていって、その朱は草や土をも染めていた。


 そんな中を、また新たに染める色があった。

 染めるというか、一瞬と呼んでもまだ長いくらいの僅かな時間でその色は広がる。

 大きく開いたと思ったら、すぐに跡形もなく消え去っていく。

 開いている間は全てを覆い隠す、純白の花。


 それはきっと、激しく輝く光の色なのだろう。

 最初は遠く、段々と近くに。右へ左へとうろうろしながらも、概ねまっすぐ駆けてくる。


「来た……」


 その光を正直に見ていては、視界を奪われてしまう。眩しすぎて、しばらく目の前に黒い膜が張ったようになってしまうからだ。


「あれはどういう――魔法でしょうか?」

「違う、と思いますよ。あんなに安売りする魔法なんて、聞いたことがないですからね」


 マイルズさんの問いに、ミリア隊長はそう予想した。

 ボクにも、あれが何なのかは分からない。でも筒状の道具を持った人が紐を引っ張って、仕込んである物が飛び出して破裂しているのは見えた。


 筒は使い捨てのようで、次から次とその辺りにぽいぽいと放り捨てられている。

 確かに安売りだ。


「こちらに来るようです」

「迎え打つ準備を」


 準備と言ったって、戦場のど真ん中を突っ切ってくるような相手に、どう対しようというのだろう。


 いや……それは彼女たちにとって、いつものことなのか。

 港を守る使命がある限り、何が相手であろうと一歩も引くことは出来ない。

 そんな心意気をこの数日、ボクはたくさん目にしてきた。


「いや、違います。大丈夫です!」

「うん? どういうことです?」


 乱戦の中を横切るあの一団に、出会った人たちは目を向けないわけにはいかない。

 そこへ、あの閃光だ。

 近くであれを直視すれば、しばらくは戦闘など出来ないだろう。

 その隙に、どんどんと足を進めている。


 それを警戒するなというのも無理な注文だろうけど、あれは違うのだ。


「来た来た来た!」

「待たせたに!」


 先頭を走るのは、サバンナさん。

 大声を出せば届く距離になって、彼女が両手の爪をぶんぶん振り回すのもよく見える。


「おらおらっ、姐御のお通りだあっ!!」

「鉄斬りだあっ! 当たると痛えぞ!」


 ……いつもながら、柄が悪いな。

 街中に留まることを嫌うサバンナさんは、いつも誰かと一緒というのもあまり好きではないらしい。


 そんな彼女のことを逆に心酔して、姐御と立てる団員も少なくない。そういう人たちばかりが集まって、特に仲良くしてもいるようだ。

 彼らは今回のようにサバンナさんが動くときは、彼女の部下のようにつき従う。


 男勝りなサバンナさんを見習ってか、彼らはどうも荒々しい雰囲気を纏った人が多い。

 それまでは普通だったのに、そのグループと交わり始めてからそうなる人も珍しくない。


 もちろんその人たちだって、サバンナさんの後ろで虚勢を張っているばかりじゃない。

 それぞれの得意を生かして、閃光の効果が薄かった兵士に目潰しの砂をかけたり、死角から引き倒したりしている。


 ──あれ? なんだか姑息なことしかしていない?


 まあ、気のせいだろう。その集団が目の前に辿り着いたのは、事実なのだから。


「か細い声が聞こえたからに。こりゃあと慌てて、すっ飛んできたに」

「ええ? そんなでしたか?」


 確かトンちゃんも言っていたか。そこまで言われるほど、頼りない声だったろうか。

 ──そうだったんだろうなあ。


「まあおかげで、こっちだと分かったに。途中で面白い物も貰ったに」

「面白い物?」

「あれだに」


 サバンナさんは、まだ団員が何本か持っている筒を指した。

 見たことがない物なのでいつどこで手に入れたのかとは思ったけれど、貰ったってどういうことだ?


「貰った? 親切な人が役立ててくれと?」

「そういうことだに」


 そんな馬鹿な話があるはずはないと思って言ったのに、サバンナさんは肯定した。

 あまり捻った嘘や冗談は言わない人のはずなのだけれど、どういうことだろう。


「ええと、お知り合いです?」

「あたいより、アビたんのほうがよく知ってるに。アレクサンドだに」

「アレクサンド……? どうやってです? 門は閉まってるでしょうに」


 そもそも都市封鎖がされていて、町のすぐ外で戦争をしているこの状況で門が開いているはずはない。

 まさか、それさえも開けさせたのか?


「それは知らんに。でもアレクサンド夫人が居たから、彼女が開けさせたんじゃないかに」


 恐るべし。

 アレクサンド商会は動かせる財力だけで言えば王家を凌ぐとは聞いていたけれど、戦場に面していない門くらいならば開けさせられるのか。

 そこまでとは認識していなかった。


「そこまでして、それです?」


 町の北を目ぼしい相手が通るまで待つくらいは、外の情報を仕入れていれば出来るだろう。

 でもその巨大な力を振りかざした目的が、この筒?

 酷くアンバランスだ。


「新しく、軍に売り込むらしいに。せいぜい目立つように使えと言われたに」

「ああ……儲かる計算が出来ているんですね」


 なるほど。もうある程度は、話が通っているのだろう。実戦でのお披露目ということだ。


「食料を無駄にしたから、その穴埋めだそうだに」

「食料?」


 なんだそれ…………って、あれか!?


 あれはワシツ夫人が依頼したもので、ジューニが陥落したから届け先がなくなったわけで──無駄にはなっただろうけど。


「穴埋めってことは……」

「団長が買ったらしいに」

「えええっ!?」


 あの大量の食料の穴埋めって──この筒、一体いくらするんだろう。

 

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