第211話:裏切りと共感
ある種、力や技自慢の様相を呈していた。
トンちゃんとメイさん。ギールたち。そこにミリア隊長たちも加わって、ついでに言えばコニーさんは大胆にもごろりと寝転んで。ここが戦場である事実はぼやけていた。
猛々しい雰囲気は変わらないものの、そこを通る風は穏やかだと言って良かった。
しかしまた、風向きが変わった。
不承不承という感がありありとしてはいたものの、リマデス辺境伯の軍勢と矛を交えていた子爵たちの連合部隊。
そこが風を変える谷であったらしい。
「ここまでは、互いを欺く仮の行いであった! 我らはリマデス辺境伯にお味方する! 王家を滅ぼせ! ハウゼングロウを打ち倒せ!」
「なんてことを……」
繰り返されるその宣言に、マイルズさんは呆然と連合部隊の方向を眺めた。
無理もない。これまでこそこそとどっちつかずの動きを見せていた彼らが、ここに来てはっきりと謀反の姿勢を明らかにしたのだから。
「でも、どうして今なんでしょう。狡いことを言えば、このままずるずる行って最後の最後に勝つほうへ味方すればいいのに」
ここまであやふやであったなら、今更この中途半端なタイミングでそうする理由などないだろうと思えた。
けれどもこれに、ミリア隊長がはっきりとした理由を教えてくれる。
「ルキスル子爵とユナン子爵が、敗走したからでしょう」
「え? それならこのまま、王軍の味方をしていればいいじゃないですか」
「そうはなりませんね。あの方たちは、私たち――いや、たった数人のキトルたちに敗北したなどとは知りません」
ええと――ああ、そうか。すると従っていた辺境伯に逆らった二人が、あっさり追い払われたことになるのか。
「ここまで、と言ったその言葉を借りるなら、数では勝っているこちらがずっと攻めあぐねています。そこへ持ってきて、弱小ではあっても一軍の将が二人も落ちたとあっては……」
「辺境伯は手加減しているだけで、実はいつでもこちらを負かせる――ということですか」
返ってきた頷きは重々しく、彼女がこの事態をどう捉えているのか如実に表していた。
「すみません……」
「ん、どうして謝るんです?」
「あの人たちにも戦ってもらおうと提案したのはボクですから」
こちらが攻めあぐねていて、今やリマデス辺境伯は目的の目前に居る事実は間違いない。
子爵たちの再度の裏切りは、そこに拍車をかける。
ボクが浅はかな知恵を回したばかりに、覆しようのない不利を背負ってしまった。
「それはそうかもしれませんが、案に乗ったのはワシツ将軍であり、うちの副長でしょう? 素人の策を採用しておいて、だから責任はその素人にあるなんて、口が裂けても言いませんよ」
「それはそうかもしれ……」
何だか彼女の口真似をしているみたいになっているのに気付いて、最後まで言えなかった。
そうかもしれないが、だから実際に責任はないのだ──なんてことはない。
言い出しっぺは最後まで責任を持て、と団長もいつも言っている。まあこれは、提案した遊びは最後まで楽しめという話だけれど。
「ああ──今の言い方では分かりにくかったですね。言い直しましょう」
「ええ?」
ボクが何を言いたかったのか、たぶんミリア隊長は正確に分かっている。それでもなお、余裕のなさそうな表情に無理矢理の笑みを作った。
「将軍も副軍団長も、肩書きは伊達ではないということです」
片目を瞑って言われたけれど、なるほどこういうことかという動きはない。
「余興としては面白かったが、そろそろ本来に戻らねばならんようだばう」
この周りに居るギールたちの、リーダー格らしい壮年の男が言った。
ミリア隊長と話しているところに、いきなり大きな声で言われたのでかなり驚いた。
もう少し遊んでいたかったけれどもそうもいかないという彼らに、ミリア隊長も白々と答える。
「そうですか。ではここから一戦交えますか?」
え。完全に囲まれて、敵味方の入り乱れたこの状況から?
それはまずいなんてものじゃないだろうと思うけれども、彼女は冗談を言っている風を全く見せなかった。
「それは折角の興を冷ますというものだばう。こちらは転進するから、また会った時にするばう」
「了解しました。それまでのご壮健をお祈りしましょう」
ギールの言い分もかなり男気に溢れているけれど、ミリア隊長のそれも相当だ。
転進と言ったって、遥か彼方に行くわけじゃない。この戦場が終わったから次の機会という話でもない。
数分後にはまた出会って、殺し合っている。そんなことも十二分に有り得る相手に壮健をとは。
ボクなら、その時はお手柔らかにとでも言っただろうな。
「ばうばうばうばう! 面白い娘だばう。ハンブルでも構わんから、村の若いのと
「それはそれは。光栄なお話ですが、小官にもやるべきことがまだまだありまして」
「そうか、残念ばう。気が向いたら遊びに来るといいばう。ドーゲンの村で待っているばう」
生きて必ずと求められた握手に、ミリア隊長は「必ず伺いましょう」と答えた。
「あいつら強いばう。撤退するばう」
などと、演技力の欠片も見せない台詞と共に、そのギールたちは後ろに下がった。
しかし何だか、その効果はあったらしい。
ボクたちに近い辺境伯の部隊はいくつかあって、ハンブルの部隊もギールの部隊もあった。が、そのどちらも近付いて来ない。
ボクたちの周りだけ、混戦の中にぽっかりと穴が空いたようになってしまった。
「息を吐いている暇はないですよ」
本当に「ふう」と息を抜いていたボクに、ミリア隊長が言った。子爵連合でも襲ってきたかと思ったら、方向が違う。
ボクたちから見て北方向。両軍が最もせめぎ合っている辺りに、眩しい輝きがいくつも上がった。
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