第209話:ギールとキトル

 一般にギルンとキトンは仲が悪いと言われる。街中で「ワンワン」「ニャーフギャー」と喧嘩をする光景を見るのも珍しくない。

 しかしそれは互いを同等と看做しているから喧嘩になるのであって、倉庫の中を食い荒らすラトとキトンではそうならない。


 だからキトルばかりが集まっているうちの団員は、ギールと折り合いが悪いのだろうとイメージで語られることが多い。でも、そんなことはないのだ。

 他の人種同士と同じで、個別に気に入らないことがあれば喧嘩もするだろうけれど、相手がギールだからキトルだからと争うことはない。


 けれども「そういうことなんですよ」とボクが説明をしても、説得力を失う面があるにはある。

 両者は互いに、張り合うのだ。


 やはり同等と認めているからこそだろう。

 酒場で出会えば自分のほうが酒に強いと言い合うし、野山で狩りをしていて出くわせば獲物の価値で少しでも勝ろうとする。

 そこへもってギールは白黒はっきり決着をつけたいタイプが多く、キトルはどこか途中で飽きてしまう性質を持つものだから、そういう意味では喧嘩になりやすいのかもしれない。


「どうも魚臭いと思ったら、キトルのお嬢さんまでこんなところに居るのかわん。怪我をする前に町に戻って、骨でも齧ってるといいわん?」

「骨を齧るのはお互いさまみゃ。辺境伯に尻尾を振り過ぎて、頭に血が行かなくなったのかみゃ?」


 名を知るはずもない、一人の兵士。いや、兵士ではないか。ギールはそうそう簡単には首を垂れない。一たび従えば、これほど忠実な種族も居ないだろうけれども。

 よくある職業で近いものを言えば、傭兵なのだろう。しかしやはり金銭にも折れない人たちなので、ここに居る理由が何なのかは聞いてみなければ分からない。


「いい度胸わん。ここに居るからには腕に覚えはあるわん?」

「試してみるかみゃ?」


 短く分厚い、鉈のような武器を持ったギールは無造作にその右手を突き出した。かかってこいというジェスチャーらしい。

 対してトンちゃんは自分の体以外に武器を持っていない。ナイフを受け止め、折り取ってしまう爪がある。


「止めたほうがいいんでしょうか」

「危なくなったら止めましょう。見物のギールが囲んでくれていて、余計なちょっかいを出されなくてすみます」


 見物と言うならあなたもそうだろうと、声を大にして言いたい。腕を組んで、真面目な顔をしていても駄目だ。


 しかし確かに、休戦状態になるのは有り難い。混戦になればフラウへの危険度が跳ね上がる。

 仕方ない。トンちゃん、頑張って。


「むんっ!」


 小手調べというやつだろう。大振りの一撃が、真っ直ぐに振り下ろされた。打たれた地面は土砂を派手に散らして、ダメージを如実に示してくれる。


 本気──の何割か知らないが、それでもトンちゃんの動きは見えなかった。ギールの後ろに回って、首をぽりぽり掻いている。


「見えなかったなら、諦めたほうがいいみゃ」

「馬鹿にしては困るわん」


 本当に見えてはいたのだろう。真後ろに居るトンちゃんのほうへ、迷うことなく振り向いた。

 ぐっと鉈に力を込めると、また高く振り上げる。


「どれほど動くか、見せてもらってたわん!」

「速いっ!」


 さっきとは比べ物にならない振り下ろし。でもトンちゃんなら、それでも問題なく避けられたはずだ。

 しかし、避けない。

 動こうとする素振りさえなく、ただそこに立っている。


 鈍い衝突音が、短く鳴った。鳴り響こうとする最後を絞め殺されたかのように、音が途絶えた。


 鉈を振るうギールは、右腕一本。これをトンちゃんは、両手の爪で受け止めていた。


「よく受け止めたわん。力はまあまあ、度胸は素晴らしいわん」

「あんたも大した馬鹿力だみゃ」


 鉈が引かれるとトンちゃんは、両の腕を交互に擦った。受け止めるには受け止めたが、衝撃で多少なりと痛みでもあったのかもしれない。


「ウチが相手じゃ、荷が重いみゃ。メイ、任せるみゃ」

「遊んでいいみゅ!?」


 唐突に交代を言われたのに、メイさんは喜んで応じた。手をわきわきと握って開いて、相手をどうする気なんだろう。


「ふん、自信を失くしたかわん。構わないわん」

「その子の得意は、あんたと同じで馬鹿力だみゃ」


 わざわざの助言だったけれど、聞き流すだろうと思った。でもギールはトンちゃんの顔を見て「そうか」と、左手を柄に加えた。


「あまり見くびって怪我をしては、笑い話にもならんわん」

「メイも受け止めたいみゅ!」


 無邪気に言うメイさんに、ギールは眉をひそめた。本当に強いのか? と疑っているのだと思う。

 余裕を見せすぎても、余計に構えすぎても恥ずかしいと感じるのだろう。

 ボクには馬鹿馬鹿しい話だけれど、彼らは大真面目だ。


「行くぞ」

「さあ来いみゅ!」


 さっきよりも慎重に、より一層に力のこもった刃が風を切った。

 教本にでも載っていそうな体捌きで放たれたそれは、このギールにとっても会心の一撃だったに違いない。


 でもそれが何かにぶつかって、轟音を立てることはなかった。

 たった二本。メイさんの人差し指と中指の爪がそっと挟んで、鉈をびくとも動かなくさせていた。


「くっ! こ、このっ──!」


 ギールは全力を使って、鉈を自由にさせようと引く。けれども動かない。


「だから馬鹿力だって言ったみゅ」

「これほどなどと聞いていないわん!」


 顔を真っ赤にしてもどうにもならないギールは、トンちゃんに吠えた。でもまたそこで、絶句することになる。


「……それ」


 トンちゃんは何やら小さな袋を、手の上でぽんぽんと弄んでいる。どうやら最低限のお金やらお守りやらを持ち歩くための、物入れらしい。


「それは、俺のだわん……」


 慌てて懐をあらためたギールは力なく言って、鉈からも手を離した。

 無理もない。力で及ばないと交代したはずの相手に、貴重品をすり盗られていたのに気付けなかったのだから。


「だから言ったみゃ。ウチが相手じゃ、あんたには荷が重いみゃ」

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