第199話:断罪と決意

「俺の妻になる女。ユヴァは死んだ。

 ──十年前のことだ。

 豊かな森に育ち、この国の王女として迎えられた、哀れな女だった。

 どうしてユヴァは、俺の妻になれなかった。

 あいつはそれを望み、俺も望んだ。共に生きることで、寂しさを紛らわせてやれたはずなのに。


 その死は、病死と発表された。

 しかし――それは違う!

 あいつは殺された。死なねばならんだけの、死ぬしかないと思わされるだけの理由を与えられて、正気を失って……。


 今この戦場に、それを行った奴が居る。

 いや失礼。本来は殿下とお呼びせねばならんのだろうが、最早そんな義理もあるまい。

 なあ――ヴィリス王子! リンゼ王子!


 俺がお前たちのやった罪を、許すことはない!

 神が許そうと、王が許そうと、民が許そうと。俺はユヴァ自身がそうであるように、お前たちを呪い続ける。


 ……ああ、この反乱の目的を言っていなかったな。

 他愛もない話だ。お前たちのやったことを、どうしてその事実を隠したのかを、正直に発表してくれればいい。

 できる限り、多くの民の前でな。

 それが嫌だと言うなら、俺はこのままこの国を踏みつぶすまでだ。


 証拠が必要か?

 お前たちの罪を直接に受けている女が居る。

 この通り、お前たちの代わりに罰を受けているところだ。お前たちの罪を知っていながら、黙っていた罪でな。

 ああ――エリアシアス男爵夫人の名を覚えているだけの、知性はあるか?


 それで足らんと言うなら、事実を知っている人間を引きずり出すまでだ。幸いにも俺の味方は、ここにも王城にも多く居る。


 ――しかしどうにもお前たちは、勘違いをしているらしい。多くの貴族が王家に付き従っているのには、どういう理由があるのかを。

 教えてやる。

 初代の王が偉かったからだ。それ以外に、何の理由もない。お前たちはその恩恵を、貪り食っているだけだ。


 確かに初代以外にも、名君と称えられる王は居る。

 直接に見たわけでないからよく分からんが、それらはきっと素晴らしい王だったのだろう。

 何が素晴らしかったのか分かるか? 分からんだろう。


 初代の残した功績に対して、それに忠義を示す貴族に対して、自身の責任を果たそうとしたからだ。

 お前たちに与えられているのは、初代の名誉を利用する権利ではない。名誉を守る義務だ。


 それすら忘れ、獣にも劣るお前たちに王族を名乗る資格はない。

 そうだな――ワシツ将軍辺りにでも王の地位をくれてやれ。そのほうが、民も喜ぶ。


 さて。物覚えの悪いお前たちに、もう一度言ってやろう。

 お前たちの行った鬼畜の行いを、多くの民の前で発表すること。それだけだ。


 従うなら、そのままおとなしく首都に入れ。従わぬなら、そう言ってくれ。

 ……縊り殺してやる。


 以上だ」



 語り終えた辺境伯は、あのラッパのような道具を地面に落として踏みつけた。

 そうしなくとも、縊り殺すと言った時には何だか音がおかしくなっていた。きっと力が入り過ぎて、握り潰してしまったのだろう。

 辺境伯はそのままそこに立って、身じろぎもしなくなった。


 戦場は、静まり返っていた。

 リマデス辺境伯の独演が終わってなお、誰もが動くことを忘れ、息をしてさえいないのではと思えるほどに。


 ユヴァ王女が存命していたころを知っている人は、この場の大多数を占めるだろう。

 その人たちに、今の話はどう聞こえたのか。

 病死とされていた王女が、実は兄である王子による何ごとかで死んだとは。


 どこの国でも、王族内でのごたごたがあるにはある。兄弟間での戦になることだって、そう珍しい話ではない。

 しかしそれで貴族や民が迷惑を被ったとしても、個人的に恨みを募らせることはあっても、全体としてその争いが悪であるとはならない。

 王という巨大な権力に対して、争いが付きまとうことは仕方がないからだ。


 しかし――ユヴァ王女の件は、どうも様子が違うらしいと誰もが思っただろう。不名誉な何かを名の上がった王子二人が行ったのだと、知っただろう。

 もちろんそれが全て、辺境伯のでっち上げという可能性もある。

 果たしてどうなんだと、誰もが王子たちの行動を窺っているに違いない。


 少しずつ時間が流れ、兵士たちもこそこそと何か話し始める。

 やがて王子の居る王軍に、動きがあった。真っ直ぐ上に立てられていた、二人の王子の将紋の入った旗が下ろされる。

 敵を前にしてこれを行うのは、戦意がないことを示すというくらいはボクも知っている。


 要求を飲んだ、ということか。

 これだけの貴族や兵士が聞いていたものを、なかったことにするのは不可能だ。ならば王子たちはこのまま首都に入って、辺境伯の要求に従うことになる。


 けれどもボクにとって重要なのは、王家の名誉や国の行く末じゃない。フラウがどうなるのか、だ。

 つまりフラウは、王女が死んだあとも性懲りもなく似たようなことをしていた王子に、何かをされたということだろう。

 ついでにフラウの名を出すことによって、王子の周囲に居る人間の行動を制限できるのだろう。


 事実を知っている人たちの証言と、同じことをされたという被害者が居れば、それは信憑性も高かろうと思う。

 この状況を作り出すために、誰を篭絡すればいいのか。それを用意周到に行ってきた計画は、すごいと思う。

 しかしやはり、ボクにはどうでもいい。


 その事実そのものに憤りを覚えはするけれど、もう彼女の過去について考えても切りがない。

 ボクはもう、迷わない。


 この悲しくもくだらない復讐劇から、因果の輪から、フラウを助け出す。

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