第200話:権威の死

 ヴィリス王子とリンゼ王子の率いる――いや、それは正しくないか。

 副団長のマイアという人が率いる騎士団と、こちらはベラドルという名の軍団長が率いる第三軍。

 その中に、二人の王子が居る。


 その内の誰が指揮権を持っているのか、ややこしげな状況ではあった。でも先には旗を下ろし、今またゆっくりと軍勢は進み始める。


 はるばる辿ってきたアーストゥードをそのまま歩き、戦う手を止めたメルエム男爵やリマデス辺境伯の軍勢の北側を通るコース。

 そもそもが、華々しい凱旋とはなっていないだろう。それが首都を目前にしてこの騒ぎでは、指揮官たちも兵士たちもどんな気持ちでいるのやら計り知れない。


 それはまるで、葬儀の列のようでもあった。

 整然としていて、人々の顔は俯きがちで、どこに視線を置いていいのか分からない。

 これから事実が明白となって、王家の信頼というものが死んでしまうことを象徴しているのかもしれない。


 ゆっくりと、ゆっくりと。

 まず王軍は、男爵の隊に隣り合った。戦場で、しかも戦闘中に礼を尽くすようなことはない。

 きっとお互いに、近くに居る人同士が視線を交わし、或いは視線を躱しあっているのだろう。


 辺境伯の軍勢は、王軍が動き始めたと同時に側面と後背の備えを厚くした。

 イスタムがそう指示しているところを、辺境伯は顔を向けてじっと見ていた。しかし何も言わずに、視線を王軍へと戻す。


 その視線が、何を意味していたのか。

 勝手なことをするものだと考えていたのかもしれないし、よく補助をしてくれると考えていたのかもしれない。それとも、また別の何かだろうか。

 どちらにせよ、それは誰にも分からないし、あとで聞いても本人も覚えていないだろう。


 いよいよ両軍がすれ違って、辺境伯側は槍を向けて弓を構えた。

 王軍はそう指示されているのかいないのか、誰一人としてそちらへ顔を向けない。

 気にならないはずはないのだけれど、視線だけは送っているのだろうけれど、少なくともはっきり顔を向けた人は居なかった。


 辺境伯は王軍の先頭を、ずっと見続けていた。

 だから王軍が岩盤回廊の方向へ過ぎ去ろうとする今、その顔はボクにも見えている。

 腕を組んで悠然と眺めるその顔に、表情はない。


 ボクがその立場であったら、きっと涙で顔をぐしゃぐしゃにしているだろう。それでもなお、恨みのこもった目で睨み続けているだろう。

 ユヴァさんに向けて、とうとうやったよと感極まっているか、これでも許せないよねとまた新たな怒りを募らせているか、どちらかだろうと思うから。


 怒りも悲しみも何もない辺境伯の表情に、ボクは寒気を覚えた。

 ボクの主観と違うこともそうだけれど、これで終わりではないのだろうと、確信したから。


「全軍! 反乱軍を討て!」


 離れた場所で、通り過ぎた王軍の先頭辺りで、その声は上がった。


 王軍はくるりとそのまま向きを変え、最後方は最先鋒となって剣を抜いた。

 槍は突き上げられ、前列へと進み出る。下ろされていた旗は、そんな事実はなかったように掲げられる。

 雄々しい叫びが、敵意となって辺境伯を覆いつくす。


「全軍! 全軍! 反乱軍を討て! これは王命である!」


 続けて上がった命令を、伝令が叫びながら駆けずり回る。

 矢で射られ、倒れる伝令兵の横を、また別の伝令兵が駆け抜ける。


 全軍、と。

 戻ってきた王軍だけでなく、メルエム男爵やワシツ将軍、もちろん子爵たちにも、その命令は向けられている。


「王命って、国王は居ないはずじゃ――」

「第一王子であるヴィルス王子殿下が、名代としてラシャ軍の制圧を命じられていたのでしょう。いつものことです」

「まだその命令が、解かれていないからってことですか。そんな無茶な」

「無茶でも何でも、今これに背けば、その人も反乱軍となってしまいますね」


 ミリア隊長の顔を見ることはできない。でも歯噛みしているだろうことは、容易に想像がついた。


「面白い! 轢き潰された上に、俺の口から恥を広められるのが好みか!」


 面白いという言葉とはうらはらに、辺境伯の顔は忌々しげに歪んでいた。

 十年という月日が経ったのだ。もしかすると正規の手続きを踏んでくれればそれでいいと、そこまで怒りが冷めていたのかもしれない。


「馬鹿なことを――」

「頭数では、こちらのほうが多いですからね。無理からぬこととは言えます」

「それはまあ」


 急造のメルエム男爵の隊。どちらに付くか決めかねていた子爵たち。転戦してきたワシツ将軍。

 まともな戦力ではないながらも、今ある辺境伯の軍勢より数は勝っている。

 しかし辺境伯は、これを片手間のように圧倒していた。そこにぼろぼろの王軍が加わったところで、どれほど有利だというのかボクには疑問だった。


 しかし、そんなこれまでの経過を王軍は知らない。だとすればミリア隊長の言うように、無理からぬことではあるのだろう。

 でも、辺境伯の兵力は――。


「叩き潰すぞ。呼べ」


 辺境伯の指示があって、戦笛いくさぶえのニズが用意される。すぐさまそれは吹き鳴らされて、低音を二つ、高音を一つの合図がされた。


 それから僅か一分か二分、何千と重なり合った雄叫びが聞こえてくる。

 ボクたちが通ってきた、岩盤回廊の下の迷宮。その方向から、辺境伯の後詰めの軍勢が攻め上がる。

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